小野梓の世界連邦論「救民論」

 これは天下の公論にして、一人の私言にあらざりるなり。その義たるや天地にわたり、古今をきわむ。微にして顕なりというべし。しかるに古聖賢の言たる。ここに及べるものなし。すなわちこれを知らざるなり。ただ世運未だひらけず、時機至らざるなり。
 今や人文まさに開け、舟車その妙をきわむ。加うるに電気は信を瞬息に通じ、天下至るべからざるの地なく、通ずべからざるの信なし。
 これに以て之をみれば、天下すでに小なりというと雖も可なり。かつさきに万国公法あり。各国これに依って交際す。隠然として一致の形をなす。しかもその実未だあらざるのみ。故にいま救民の術を論ずるに、必ず六合一致を以て首とすべし。みる者諒とせよ。かならず往時に徴して論ずるなくんば可なり。ここにおいて序とす。
 天の生民を愛育するや、宇内同一、各土彼此の別にあらざるなり。すでにこれに命ずるに相養い相生ずるの道を以てし、これに与うるに自主自由の権を以てす。
 しかしこれに依って生命をたもち、福禄をうけしむ。ああ盛なるかな。天の徳や、これ古今これを仰いでやまざる所以なり。往古の人々相凌辱することなくたがいに保護して以て天徳を仰ぐ。
 人類日にしげく、風俗月に移るにおよんで、はじめて強きは弱きをしのぎ、大は小を辱しむるの弊を生ず。生民これがためにほとんど生命を保ちあたわざるに至る。ここにおいて賢哲の士はじめて政府を建て、強きをこらし弱きをすくい、上下同一、相生じ相養うの道を全うし、自主自由の権を伸ばすを得たり。
 ゆえに人々戸給し家足り。おのおのその所に安んず。かくの如くんば政府たるの肯かずというべし。惜しいかな後世姦雄の徒、政府を以ておのれの肆欲の具となし、生殺与奪その権を専らにして、公儀に出ださず。生命の窮困日一日より甚だし。ただ政府の暴威をおそれ左視右顧し、その忿怒を避くるを知るのみ。
 たまたま良政府と称する者ありといえども、しかも一隅に画す。なお今だ凌辱弱小の弊あるを免れず。宇内の乱従って止むことなし。生民の窮困いつの時にか救われん。いま宇内の生民の計をなすに、一大合衆政府を建て、宇内負望の賢哲を推し、これをして宇内を総理せしむに如くはなし。
 大議事院を置き、各土の秀才を挙げ、公法を確定し、宇内の事務を議して、そのまつりごとを善くする者これをすすめ、そのまつりごとを善くせざる者これをこらす。
 大いに生民教育の道を起して、はじめて宇内の民をあげて相生じ相養うの道を全うし、自主自由の権をのばすを得しむというべきのみ。あに人間の一大楽事にあらざらんや。しかり而してこれを首唱し、これを成就するもの、各土の政府の任なり。願わくは各土の政府、天意を体し、己私を去り、ここに従事せよ。
 いやしくもその民すでに安きを以て、ここに従事せざれば、すなわち天意に背きて生民彼此の別なきを知らざるなり。もし他日強暴の政府ありて外よりこれを凌辱せば、その民の安き、また保つべからざるなり。ああ真に豪傑の士ありて、起てば必ずこれを唱就し、以て斯民を禍乱の中に救うを知らん。宇内同一、天生民を愛育するの意を全うするを得ん。(本文は漢文体 1968年、世界連邦建設同盟発行の小冊子『世界連邦思想の系譜』田中正明「小野梓の世界連邦論」から転載)

 早稲田大学の開祖は小野梓