デンマルク国のこと

 戦前、日本が一等国への仲間入りを目指していた時、賀川はヨーロッパで新たな地平線を見出していた。

「欧州の一等国は軍備の拡張や外交上のあつれきで血眼になっているのに、二等国、三等国はいつのまにかちゃんと平和な楽園を築いている」

 北欧が軍縮を進め、ノルウエーなどは軍隊があっても軍楽隊しかない。ヨーロッパを観察しながら、日本では誰もが決して考えなかった世界観を描いていた。特にデンマークについては講演や著述活動を通じて数多く言及している。

 デンマークについて日本で詳しく紹介したのは内村鑑三だった。「デンマルク国の話」(岩波新書)は内村の講演が本になったものだが、多くの日本人に感銘を与えた。

 1864年のシュレスウィヒ・ホルスタイン戦争でデンマークはドイツ、オーストリアの二国に南部最良の二州シュレスウィヒとホルスタインを奪われ、荒野だったユトランドだけが残された。多くの国民がうちひしがれる中、ダルガスという一工兵士官が立ち上がった。「鋤(すき)と鍬(くわ)とをもって残る領土の曠漠と闘い、これを田園と化した」のだった。地質改良と植林によって、荒野は40年にして豊穣なる大地と化した。これは事実である。

 同じころ、哲学者・詩人・宗教家のグルントヴィがデンマークに出た。農村に学校をつくって農民を啓蒙した。いまも日本各地にフォルケホイスコーレがあるのはグルントヴィのお陰である。

 グルントヴィは、国家を資本家ではなく民衆である農民が主体的に担うべきであると考えた。そのためには農民にも高度な教育が必要であるとし、成人になった農業後継者が冬の6カ月寝食を共にして学び、また夏の3カ月は農村女子を受け入れる学校を設立した。デンマークでは、各地にこのような学校が続々と生まれ、これらの学校の卒業生たちによって、農業(特に酪農)を主体とした自立した民主国家となることに成功したのである。

 デンマルク国の話 内村鑑三 岩波文庫
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 今、ここにお話しいたしましたデンマークの話は、私どもに何を教えますか。

 第一に戦敗かならずしも不幸にあらざることを教えます。国は戦争に負けても亡びません。実に戦争に勝って亡びた国は歴史上けっして尠くないのであります。国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。否、その正反対が事実であります。牢固たる精神ありて戦敗はかえって善き刺激となりて不幸の民を興します。デンマークは実にその善き実例であります。

 第二は天然の無限的生産力を示します。富は大陸にもあります、島嶼にもあります。沃野にもあります、沙漠にもあります。大陸の主かならずしも富者ではありません。小島の所有者かならずしも貧者ではありません。善くこれを開発すれば小島も能く大陸に勝さるの産を産するのであります。ゆえに国の小なるはけっして歎くに足りません。これに対して国の大なるはけっして誇るに足りません。富は有利化されたるエネルギーであります。しかしてエネルギーは太陽の光線にもあります。海の波濤にもあります。吹く風にもあります。噴火する火山にもあります。もしこれを利用するを得ますればこれらはみなことごとく富源であります。かならずしも英国のごとく世界の陸面六分の一の持ち主となるの必要はありません。デンマークで足ります。然り、それよりも小なる国で足ります。外に拡がらんとするよりは内を開発すべきであります。
 第三に信仰の実力を示します。国の実力は軍隊ではありません、軍艦ではありません。はたまた金ではありません、銀ではありません、信仰であります。このことにかんしましてはマハン大佐もいまだ真理を語りません、アダム・スミス、J・S・ミルもいまだ真理を語りません。このことにかんして真理を語ったものはやはり旧い『聖書』であります。

もし芥種(からしだね)のごとき信仰あらば、この山に移りてここよりかしこに移れと命(い)うとも、かならず移らん、また汝らに能わざることなかるべし

とイエスはいいたまいました(マタイ伝一七章二〇節)。また

 おおよそ神によりて生まるる者は世に勝つ、われらをして世に勝たしむるものはわれらの信なり

と聖ヨハネはいいました(ヨハネ第一書五章四節)。世に勝つの力、地を征服する力はやはり信仰であります。ユグノー党の信仰はその一人をもって鋤と樅樹とをもってデンマーク国を救いました。よしまたダルガス一人に信仰がありましてもデンマーク人全体に信仰がありませんでしたならば、彼の事業も無効に終ったのであります。この人あり、この民あり、フランスより輸入されたる自由信仰あり、デンマーク自生の自由信仰ありて、この偉業が成ったのであります。宗教、信仰、経済に関係なしと唱うる者は誰でありますか。宗教は詩人と愚人とに佳くして実際家と智者に要なしなどと唱うる人は、歴史も哲学も経済も何にも知らない人であります。国にもしかかる「愚かなる智者」のみありて、ダルガスのごとき「智き愚人」がおりませんならば、不幸一歩を誤りて戦敗の非運に遭いまするならば、その国はそのときたちまちにして亡びてしまうのであります。国家の大危険にして信仰を嘲り、これを無用視するがごときことはありません。私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダルガスとにかんする事柄は大いに軽佻浮薄の経世家を警むべきであります。