2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧

傾ける大地-18

十八 秋の日は早く経った。そして杉本英世はまだ保釈の許可を得ることは出来なかった。彼は三ヶ月以上も未決監で無為に過した。九月八日に予審廷が開かれ、それは僅か三日の中に済んだが、公判はなかなか開いてくれなかった。そこにはいろいろの理由もあった…

傾ける大地-17

十七 細い路次の上に口入屋の看板が掛ってゐた。余り上手でもない草書で『日入所』と書かれてあるのが何だか気になってならない。愛子はステーションを降りてから幾つかの口入屋の前を通って来た。或ものは少し入口が、上品であり過ぎるし、或ものは余り穢な…

傾ける大地-16

十六 警察に連れられて行った杉本英世は、此の前検束せられた時と同じ留置場に、一人だけ入れられた。度々来ると留置場といふものも親しくなるもので、何だか自分の古巣に帰った様な気がした。悪くすると今度は免職になるかも知れないと考へないでもなかった…

傾ける大地-15

十五 不景気風の浸込んでゐる高砂町にも、盂蘭盆の燈籠が彼処比処に吊られ初めた。裏通りを通ると塗られた儘、上塗りもしてない極貧乏な荒壁の長屋にも極彩色の燈籠が吊下げられてゐた。杉本英世はそれを眺めて、一種の淋しさを感じた。彼はその頃から忙しく…

傾ける大地-14

十四『君、斎藤君、私娼ぢゃ不可ないんか、今日の世の中に公娼もあったもんぢゃないぢゃないか、君いくら土地の繁栄策だからと云って、今頃時代に逆行する様な遊廓設置運動も無いもんぢゃないか、君嗤はれるぞ、然し兵庫県ぢゃどう云ってゐるんか君?』 志田…

傾ける大地-13

十三 それから三日後に町会がまた開かれた。そしてその席上、公民派の一派は雑作もなく、加納町長に対する不信任案を決議して仕舞った。その一つの理由は町会で決議された事項を、未だに県庁に通達もしてないと云ふことが最大の理由であった。 然しそれに対…

傾ける大地-12

十二 その日の昼過、斎藤は一味徒党を全部若竹楼に集めた。妾の里見市子は薄っぺらな唇を開いて彼を歓迎した。公民会の殆んど全部が集って来た。即ち、骨董屋の伊藤、呉服屋の樋口、醤油屋の花井、酒屋の村上、家具商の滝村、肥料屋の富田、時計屋の桜内、保…

傾ける大地-11

十一 土肥家にごたごたがあった昼頃、黒衣会の面々は打揃うて町会議員に辞職制告の決議文を突つける為に戸別訪問をして廻った。第一に訪問した家は西洋雑貨商の斎藤新吉の家だったが、斎藤は酒々としてその決議文を受取ることを断った。その次に伊藤唯三郎の…

傾ける大地-10

十 父の謙次郎はブルブル眉聞の筋肉を震はせ乍ら、表座敷から奥の間に遣入って来た。彼は朝早くから斎藤新吉の訪問を受けて、朝飯も食はないで二時間以上も話を続けてゐた。今し方彼は斎藤を玄関迄送出してやっとのことで、奥に這入って来たのであった。其処…

傾ける大地-9

九 その晩、英世は三上の本宅を訪れた。其処には黒衣会の面々が皆揃ってゐた。そして町民大会の打合せが進行してゐた。ザラ紙が買うて来られた。一晩のうちに何百枚かの町民大会の広告ビラが書きなぐられた。夜を徹してその広告ビラを電柱の上に貼り廻ること…

傾ける大地-8

八 鉄の火鉢の前に坐って、真鍮の安っぽい煙管の雁首を激しく二三度火鉢の際で叩いた英世の父理一郎は、客の顔を見ないで呆然表の泥濘の方を見つめた。そして煙管を親指と人差指の間でキリヽと廻して頭の方を持ち直し、また刻み煙草を煙管の首に詰めた。 雨…

傾ける大地-7

七 午前九時に開会の筈の町会は、十二時になってもまだ開かれなかった。それは高砂時間と云って、一時間や二時間位遅れる位のことは普通で、誰もそれを怪しむ者は無いのであるが、町会は特に満足に時間通り開会したことは之まで一度も無かった。 それに今日…

傾ける大地-6

六 その日の夕刻、外務参与官志田義亮は、わざわざ自動車を若竹楼に呼ばせて、其処から余り遠くもないのに、土肥謙次郎の本宅まで、威風堂々と乗りつけた。 土肥家では余り咄嗟(とっさ)な珍客に、上を下への大困難であった。それと云ふのも志田が突然来年…

傾ける大地-4

四 挨拶もそこそこにして帰らうと思ってゐると、娘の愛子は今日はどう思ったか、文金島田に髪を結ひ直して、恭々しく表座敷に膳を運び込んで来た。余り窮屈なものだから、『少し他に用もありますから失礼させて頂きます』 と同辞したが、『娘も御相伴させま…

傾ける大地-5

五『思ったより好い処だなア』 さう云って志田義亮は、その大きな体躯を床の間の方に運んだ。彼は勝手に自分の席を決めて、床の間の中央にどっかりと腰を下した。年増芸妓の梅勇は、「く」の字なりに志田の処にちょこちょこ走りに駆寄って、古金襴で張った脇…

傾ける大地-3

三 広い床の間には、川端玉翠の、葦にとまったおほよしきりの瀟洒な一幅の軸がかゝってゐる。その前には凝性(こりしょう)の愛子の母が活けたものであらう。姫百合の花が美しく水上げして、挿されてある。十二畳の広い表座敷が、南西があいて、柱などは拭き…

傾ける大地-2

賀川豊彦の小説『傾ける大地』を連載します。単行本をスキャンしてOCRをかけて編集しています。まだ誤字脱字が少なくないと思います。読者のご指摘をお願いしたいと思います。 完成後はデジタル版「賀川選集」として刊行したいと考えています。編集にご協力…

傾ける大地-1

賀川豊彦の小説『傾ける大地』を連載します。単行本をスキャンしてOCRをかけて編集しています。まだ誤字脱字が少なくないと思います。読者のご指摘をお願いしたいと思います。 完成後はデジタル版「賀川選集」として刊行したいと考えています。編集にご協力…

世界連邦のイニシアチブを取る意義がある日本人

昨年11月の日経新聞の「私の履歴書」を書いたのは元米国野村證券会長の寺澤芳男氏だった。最終回に自らWorld Federalistであることを明らかにした。自分のこれからの仕事として「国際人の育成と世界連邦の実現に向けた努力である」と述べ、尾崎行雄について…

「新春のつどい」世界連邦運動協会武蔵野支部

世界連邦運動協会武蔵野支部 「新春のつどい」ご案内について 私達、武蔵野支部は、昭和三十五年六月に創設されて以来、五十余年の歴史を持ち、先人先輩のご指導のもと全国的にハイレベルの活動を展開し、沢山の実績を築きました。中でも「天駆ける女神の像…

僕のThink Kagawa連載について

僕のThink Kagawaの「(17)コンツェルン−農村時計製作所」は下記で連載しています。 http://www.yorozubp.com/ 購読のほどお願いします。(伴 武澄)

鳴門賀川豊彦記念館10周年で小林正弥氏が講演