2012-02-29から1日間の記事一覧

傾ける大地-18

十八 秋の日は早く経った。そして杉本英世はまだ保釈の許可を得ることは出来なかった。彼は三ヶ月以上も未決監で無為に過した。九月八日に予審廷が開かれ、それは僅か三日の中に済んだが、公判はなかなか開いてくれなかった。そこにはいろいろの理由もあった…

傾ける大地-17

十七 細い路次の上に口入屋の看板が掛ってゐた。余り上手でもない草書で『日入所』と書かれてあるのが何だか気になってならない。愛子はステーションを降りてから幾つかの口入屋の前を通って来た。或ものは少し入口が、上品であり過ぎるし、或ものは余り穢な…

傾ける大地-16

十六 警察に連れられて行った杉本英世は、此の前検束せられた時と同じ留置場に、一人だけ入れられた。度々来ると留置場といふものも親しくなるもので、何だか自分の古巣に帰った様な気がした。悪くすると今度は免職になるかも知れないと考へないでもなかった…