文学に見る賀川豊彦 神戸文学館で企画展 12月13日付け神戸新聞
文学に見る賀川豊彦 神戸文学館で企画展 12月13日付け神戸新聞
神戸で労働運動や生活協同組合運動などを展開した賀川豊彦(一八八八-一九六〇年)の歩みを文学的な面からたどる企画展が、神戸市灘区の神戸文学館で開かれている。社会運動家のイメージが強いが、残された著作は三百五十編に上る。来年は、貧困に苦しむ人々と賀川がかかわり始めてから百年。多彩な資料がそろい、さらに立体的にその業績をとらえる機会となりそうだ。(新開真理)
「死線を越えて」手稿など公開
今回は、ベストセラー小説「死線を越えて」(一九二〇年)の手書き原稿や直筆の掛け軸を、所蔵する明治学院(東京)以外で初めて公開。自伝的小説である「死線…」は三部作で計約五百万部も売れ、その後、取り組んだ多くの社会事業を経済的に支えた。
家族や隣人に温かいまなざしを向けた詩集「涙の二等分」に与謝野晶子が寄せた序文も紹介。無名の若者に、晶子は「賀川さんの生一本な命は最も旺盛にこの詩集に溢(あふ)れて居ます」と賛辞を送り、深く共鳴していた様子がうかがえる。
新聞連載小説「空中征服」に添えられた自筆の挿絵は達者で、驚かされる。賀川が考案した子ども向け教材などもあり、多方面に関心を示した生涯をつぶさに伝える。
企画展「愛の労苦と希望-賀川豊彦の文学」は来年二月二十四日まで。無料。十二月二十八日-一月四日と毎週水曜休み。TEL078・882・2028
企画展に関連し、宗教学者で元国際日本文化研究センター所長の山折哲雄さんが「賀川豊彦と遠藤周作-日本文学の中のキリスト教」と題して講演した。山折さんは、賀川が一時、ガンジーやシュバイツァーらと並び称されながら、後に社会的評価が低くなったのはなぜか-という問いを軸に据え、親鸞や内村鑑三ら日本の代表的な宗教者と比較しながら、多面的にその内面に迫った。
「賀川はタブーを破った」。山折さんは周囲の評価を決定づけた主因として、賀川が一九二二年に創刊した雑誌「雲の柱」に執筆した巻頭言を紹介。「神に溶け行く心」との題で、自身が無になるような、神との一体感がつづられている。
山折さんは「そうした神秘体験は親鸞以降、日本では長い歴史を持つ。だが、普通のキリスト者であれば(体験しても)口にしない」と指摘。賀川の全集にこの文章が収録されていないなど、拒否感を持って受け止められてきた状況を語った。
その上で「(賀川も含め)日本人は、無常、無私など『無』(の観念)を好む。だがそれは善悪を超越した思考で、倫理的なテーマを論理的に追究することを阻む。これが私たちの精神史の根底にある」とも指摘。こうした流れを踏まえて賀川の足跡を検証する必要性を強調した。
宮沢賢治との共通性も話題に上った。キリスト教者であると同時にさまざまな社会運動を先導し、小説や詩も書いた賀川。一方、賢治も教壇に立ちながら宗教や自然科学などに関心を向けた。
山折さんは「(賢治に対して)幅広い分野に手を出したがどれも貫いていない、という批判があるが、人間のすべての可能性に懸けたとも言える」と分析。賀川も同じ理由で批判を受けたのでは、と推察し、多面的な活動の意義を再考する必要があると話した。