世界国家16 生存競争に就いての一考察(1948年3月号)

 ―世界苦とその救済―
 生、病、老、死
 生、病、老、死、この四つの苦しみを印度の釈迦牟尼は無明の本質と考え、王宮を捨て、仏陀枷耶の六年間の隠遁生活をはじめた。今日世界で、一番問題にしている事はやはり、同じ四つの苦しみであろうと思われる。即ち、第一生存競争の問題、第二は病気の問題、第三は老衰の問題、第四は死の問題である。今、生存競争の問題を中心にして、世界苦を考えて見たい。それには、死という事、また老衰という事を考慮に入れないと生存競争の説明は出来ない。

 仮に、我らが、現在、地球上に発見されている九十二の元素を用いて、この驚歎すべき有機物、生命をつくり出し、それに精神作用、心理作用を発揮させるとすれば、どういう工夫をするだろうか、恐く、九十二の元素を、いくら組合わせて見ても、こんな不思議な、精妙なものは出来ないだろうと思う。
 偶然説の彼岸
 有名なH・ウエルズは「生命の科学」という書物の中でこうした生命など全部を偶然をもととして考えて、偶然を何億万遍もやっている中に、生命が出来るかも知れないという、極端な考え方をしている。だが、偶然の組合せによっては、次の代、次々の代の子供達が、先祖と同じ型を持続するという事は出来ないわけである。生命は恐らく幾干、幾万という選択性を、ある焦点に集めて来なければ現われないであろう。これについて考えて見たい。
 生命は固体と、気体と、液体と、光体――電気放射能的な性質――が、ある完全な焦点を結ばないと、現われる事が出来ない。固体は結晶的性質をもっている。人間の筋肉や、背髄は完全に結晶体である。結晶していなければ、こんなに強い力を持つ事は出来ない。次に血液の中の原形質をつくるのに液体の性質を持たねばならぬ。一種の「ゾル」の形になる。さらに、我々は気体である空気を呼吸して、酸化作用をもたねばならぬ。そして炭酸ガスも一つの活力素として働いている。人間の神経作用は世界で最も遅いたちの電流作用で、それに放射能作用を持つている。即ち神経細胞の内側はニユークレアン酸で酸性であり、「+」性で外側は「−」性で電気性をもち、神経細胞は脳から背髄の下端まで一つの細胞である。こんな大きな細胞は他にはない。人間はこんな不思議な組織をもつて、刺激をうけ、これを伝導する。これには放射能作用の上に、同じ刺戟を同じ型で伝える光電管のような驚くべき作用をもたねばならない。
 こう考えて来ると、物理的組立、化学的組立からいうと人間の生命は、幾干、幾万の選択性をある焦点に集めないと、生命は成立しない。単なる偶然、さらに極端にいえばデタラメで生命は出来ていない。こういう考え方は無理で到底考えられない事である。
 光の光るのも偶然でない。元素の中の電子が、ある波長をもつて、飛び出すというのは、原子の中のエナージーレベル(エネルギー水準)の差によるものである。丁度太陽の周囲を廻つている水星、金星、地球、火星、木星土星天王星海王星冥王星等、九つの遊星の軌道がきまつた整数比をもつている様に、原子においても、同じ様な構造をもつている。例えば、水素は一つの軌道をもち、炭素は二つの軌道をもち、複雑なものは二十五もある。この外側のエネルギー水準から内側のエネルギー水準にとび下りてくるとき、その差のエネルギーが光となるのである。そのとび下りたり、とび上るのに、どこへでもとび下りるのではなく、エネルギー水準は選択性によつてきめられている。またその軌道は電子直径の整数倍になつている。従つてそれから出る光の波長もきまつている。
 生命が現われるには実に選択性が、巧妙に、複雑に働いていて、丁度、川の速く流れている上に舟を漕いで行つて或地点へ運行するようなものである。川の流れにも、舟にも、乗つている人にもスピードがあるように、約束に従つて――選択的に、光のように早く走つている本体を、気体になおしてスピードをおとし、さらに液体にしてスピードをおとす、そういう風に、だんだんスピードをおとして、生命が出来るようになる。決して偶然ではない。宇宙には焦点をきめる理念即ち、神がないと、こういう選択性は働かない。
 無防備の下等動物群
 地球が冷却してから、現在まで約五億年といわれているが、これを地質学的に現在を正午として今迄を十二時間に分けて見ると、第二番目即ち、午前二時に当るカンブリアン紀の原生動物を見ると、生存競争らしい生存競争をした跡は見えない。また今残つてゐる原始的な動物、例えばバクテリアプランクトン、環虫類(ミミズ、アカゴ)蛔虫類は全然無防備であつて、生存競争をしていない。ダーウインは、生存競争をしなければ必ず亡びるというけれども、これ等の生物は無防備で、五億年近くも絶滅せず生きつゞけている。従つて私共は必ず生存競争しなければ生きてゆけないという説は少し無理だと思う。
 家の中にいる蠅――私は日支事変の終りの頃、平和主義者だというので、東京渋谷の憲兵隊で十八日御厄介になつた事があるが、この時、一番びつくりしたのはこの蠅であつた。蠅が一緒に刑務所に入つていたのであるが、蠅は攻撃もしないし、防備もない。しかも無防備のまゝ大昔、恐らく中生層から生存権を主張し、生存しつづけている。さらに蛆虫などは、全然無防備状態で目さえ見えないのに、ごく僅かな時間とはいえ、生存し、蝿に変る。蚊にしてもボーフラの時代は抵抗力が強いとも思えぬが、それでも生存権を主張する。これ等の点から、生存の空間格子という事を考える。ある時と所と条件によつて、決して他のものと衝突せぬように、地球の表面におけるコロイド(膠質)がある所には必ず生命性が現われ、ボーフラも、蝿も、ミミズも、アミーバも全部共に生存出来るようになつている。昆虫類の中で非常にすすんでいる蟻は、実に弱いものであるが、百万匹位が一つの巣をつくつて住んでいる。三畳紀の松脂の中に蟻が化石して残つているのを見ると、その頃から生きつづけているに違ひない。
 私は、日本で魚の生態学的研究の権威である、小田原の水産研究所の熊田頭四郎先生から「南洋有毒魚類」の調査報告書を頂いたが、これによると、魚は三万種もある中で有毒なのは百種にすぎないという。しかも、この百種の有毒な魚類も大体珊瑚礁の水の全然濁らない危険な所にいるものであつて、河水の入る温帯の魚は大体全部有毒でない。中にはオコゼや猛烈な魚もあるが、多くの場合他の動物に食べられる。鱗などあつても、殆んど防衛力はない。しかもデボン紀から魚は地上に姿を現わし、今なお生きつゞけている。
 鱗のない魚で、極端なのは鰻であるが、鰻は世界でも珍しい動物で、稚魚の時は紡形に肥つて居り、口はあいていないので、全然何も食べずに産卵地にある深い深い海底を出発して二年間に三千哩位走る。そして体の余分の部分を使い果して、紐の様になつて河に到達する、これは原子力を使つているのではないかと思われるが、とにかく、何処を通るか分らぬが、何千万の鰻が河にのぼつて来る。
 以上の例から考えると、生存競争もあるが、生活の空間格子という驚くべき領域があつて多くの動物の生命がそこに生存しているのであるが、そこはまだ全然未開拓のまゝ研究されずに残つている事が分る。
 綜合進化と「性」の利用
 原生動物やプランクトンの類から高等動物へ進化さす為に人間ならば、どういう進化の方針をとるであろうか? いろいろ考えて見ても、どうしても「性」を用ひなくては進化しない。性は全部を復式にして、綜合進化させるのである。一番下等な植物、例えば昆布、「わかめ」、「ひじき」でもみんな人間と同じ「性」をもつ。性から見る人間は一寸も進化していない。五月、丁度海藻が性作用を営む頃、室蘭の北海道大学の海藻研究所を訪れ、顕微鏡で昆布の雌雄の作用を見るならば、人間と少しも変らぬ作用を営んでいる事が分るであろう。何故昆布が人間と同じ性を持たねばならぬか。「生」のみならば、アメーバのように半分になり、また四半分になりして、増植してゆけばよいのである。しかしたゞ漠然と生命をつゞけるのでなく、「よりよきもの」、「より高等なもの」を造ろうとするのが「性」である。
 これ等の下等な海藻類にも、性作用を営む時になると、裏側に游走子が生じ、これが泳ぎ出し、またこれをうけるラッパのような器官が或海藻のある時期だけ出来て、性作用を完成する。そこに偶然ではなく、驚くほど、合目的的に、性を準備して、複式的に綜合進化しようとする設計を見出すのである。
 シカゴ大学では植物の「性」の進化を研究しているが、これによれば「性」は進化鍵である。地球は太陽の黒点の変動、星の変動、その他各種関係で、温度、電気的エマナチオン、水素イオン濃度等の物理的、化学的変動を持つているが、これに適応するために、どうしても、一度植物が「動物性」になつて、性作用を行い、新しい条件に適合するように次の時代をつくる必要がある。云いかえれば、性作用によつて進化発展の測量をしゝあるとも云える。「性」作用は潜水艦のペリスコープであるともいえる。
 カルフオルニヤ大学のジヤクロエブ教授は、「ウニ」の如き生物がそのまゝ長く生存を続けると、酸化作用が衰え、生存に不十分となる。そこで游走子を造つて、酸化作用を更新する。性作用によつて酸化作用が八百倍位活溌になるといつている。酸化作用のみでなく熱の変化に適応するのにも「性」は必要だと思う。
 宇宙に「さぐり」を入れる性
 太陽の光と熱は、その構成原子の原子核放射能や各種イオンによつて発生する、原子爆弾よりもつともつと大きい原子力によるのである。その関係で、太陽の熱は呼吸する原子核物理学の泰斗ガモフが証明する如く、星が大きくなつたり、小さくなつたりする。すべての恒星も呼吸している。ヘリウムが出来ている星は大休、光の変動が最も遅く、リチウム、ヘリウムの時には、二週間で光がかわる。太陽の光は、数時間で変つているが、あまりに早く変るので、人間が気づかぬ程である。かように、地球上に影響する光や熱が変動すると、生物の生活が大きな打撃をうける。それに適応する様に性作用を営んでいる。これによつて、熱の変動のみでなく水素イオン、放射態性の変動に適応するためのさぐりを入れている。植物はこの様にさぐりを入れつゝ二十億年近く生存を続けて来た。
 生命の不思議な作用によつて、地殼は変化をうけ、地殻の変動によつて、また、植物動物が非常な変化をうけている。地球が誕生した最初の頃には。大火山が沢山爆発して、炭酸ガスが朦々と立ちこめていたのであろうと思われる。
 冬、炭酸ガスの厚い層に抱かれた都市の内部では、それのない郊外より、温度が九度位暖く、雪が割に早くとける如く、炭酸ガスが非常に多ければ、それだけ温度も高くなるわけである。それに応じて、生物の形が違つてくる。そのために性が必要なのである。
 生物は酸素を必要とするが、炭酸ガスの多い時は、酸素の必要の比較的少い生物即ち、植物をつくり、これによつて、炭酸ガスを石炭にして、地下に収めた。ある時は又生物に有毒な金属性のイオン(メタルイオン)が出たに違いない。その時はメタルイオンを恐れない生物を利用して所蔵した。例えば、大阪湾などに殊に多い、海岸に住むホヤは「ヴナヂウム」を含み、ヒトデは「金」をもち、クラゲは「銀」を含有し、鉄を沢山もつている原生動物もある。有名な蒙古の竜烟鉄鉱は、原生動物(バクテリア)が鉄分を集め、その死体がつみ重つて水成岩となつたものである。印度のマイソールの鉄鉱も同様にして生じたものである。鉄分のある水は、人間が飲むと、下痢するが、バクテリアがその鉄分等を吸収して、清らかな水としてくれる。
 哺乳動物が、今日まで進化したのは、幾干、幾万の海藻や、原生動物や、環虫、プランクトン等の犠牲的献身の結果であつて、決して簡単な生存競争の結果、偶然にこんな美しい世界が出現したのではない。この点を主として研究して来たので、地球化学は非常に精神的になつて来た。(一九四八年三月号)