エンゲルスの「空想から科学へ」と賀川

 内田樹『日本辺境論』(新潮新書)に次のようなくだりがある。
 エンゲルスの『空想から科学へ』で3人のユートピアン(空想的社会主義者)を描いている。ロバート・オーエンはその一人。「ヨーロッパ思想史が教えてくれるのは社会の根源的変革が必要なとき、最初に登場するのはまだ誰も実現したことのないようなタイプの理想社会を今ここで実現しようとする強靭な意志を持った人々です」「その人たちの身銭を切った実験の後に、累々たる死骸の上に、はじめて風雪に耐えそうなタフな社会理論が登場してくる。日本の世界に向けて教化的にメッセージを発信した例を私は知りません」
 賀川豊彦にこういう分析を加えればぴったりくるではないか。世界に向けて教化的メッセージを発信した唯一無二の日本人ということができそうだ。「今最もキリストに近い人」といわしめたスラムにおける救貧活動がひとつある。言葉のいらないメッセージだ。いまひとつは英文著書『ブラザーフッド・エコノミクス』(友愛の政治経済学)であろう。協同組合を社会論として構築し、国家論、地球論にまで高めた。
 そういう意味で『ビフォー・ザ・ドーン』(死線を越えて)は世界文学であり、『ブラザーフッド・エコノミクス』は世界的な経済書なのだと考えたい。(伴 武澄)