世界国家19 無 言 賦(1948年6月号)

 無事なる時、無難なる時、多難を知り、多事を予則し、悠々天と
共に黙し、梢の如く、天に向つて呼吸することも神韻の福音である。
 天は語らずしてよく語り、大地は黙々として行動する。母胎に成
長する胎児は成長することを知りて語ることを知らず。ピラトの前
のキリストは黙々として十字架に進む。
 星は語らず、花は歌わず、だが、光と色は声以上の声を持ち、歌
以上の歌となる。語らず、いわず、その響は天地に普ねし。手を縛
られ、足をくゝられた雪舟は、手拭の口轡をはめられ、叫ぶことも
出来ず、涙もて鼠をかき、その鼠はその縛られた荒繩を噛み切つた
という。
 無言の神韻は太陽の軌道と共に永遠である。葬らるゝことを人に
委し、自らを葬ることを楽めぱ、尤も莞爾としてその両腕を開く。
 歴史もかゝず、日記もつけず、無限より無限に流れゆく絶対帰依
の生活に、天地悠久の関門は開かる。(一九四八年六月号)