東北の大地震大災害に関して(3)賀川豊彦の関東大地震

 賀川豊彦関東大地震の時のことを阿部志郎先生が2年前の3月神戸で講演しました。そのときの講演録を思い出しました。

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震災とコミュニティー  阿部志郎 神奈川県立保健福祉大学名誉学長
関東大震災
このことは、賀川豊彦のおこなった事業を想起させます。それより72年前、1923年9月1日の午前11時58分、上下動の激しい地震が東京を襲いまして、9万9千名が犠牲になりました。46万5千戸が焼失するという大惨事でした。この知らせを賀川豊彦が受けたのは、翌9月2日神戸においてです、新聞で知ったのです。まだテレビがなく、情報は遅い。新聞ですから、臨場感はテレビと違ってありません。けれど、賀川はすぐに反応しました。山城丸という船に救援の材木を積み、数名の青年たちとともに東京に向かいます。9月3日に東京に着いて、東京をつぶさに見て歩き、調べました。何が要るか、人々のニーズは何かということを調査したのです。
神戸に立ち戻って、9月7日から募金活動を始めました。賀川ハル夫人は、子供を背負って街頭に立っています。この募金によって、食料、衣服、医療器具、寝具等を整えまして、再び東京に参ります。隅田川のほとり、本所駒形に幾つかのテントを張り、救援活動を始めました。炊き出しや、食料、医療の配給、入浴サービスなどなど。