預言者エレミヤ9

  八 『新しい門』で

 埃及王ネク二世はユダヤ人に堪へ切れぬ程の重税を負せて帰って終ひましたが、エホヤキム王は悦んで之を毎年毎年支払ひました。それを、エレミヤは黙って居りませんでした。
 エレミヤは先づ第一、ネクニ世が近い中にアッシリア軍に大敗すると頂言いたしました。またその通りメクニ世はエホヤキム王の治世の四年、シリアのカルケミシの大合戦に脆くも大敗北を取ってエジプトの方へ惶てゝすっ込んでしまゐました。そして、その後二十年と云ふものはユダヤの方に見向きも致しませんでした。
 エレミヤの預言は之だけ確かで力がありました。それでも人々は信じてくれませんでした。それかと云ってエレミヤはそれで、預言を止める様な男ではありません。
 ホルダの預言を信ずれば、申命記に約末せられた刑罰は此王様位から始まると云ふのでした。エレミヤはぐずぐずしては居られません。凡ての人が悔改めるか? それで無ければ、国が亡びるか? こんな悲しい時に立って居るのであります。調度その時、神様からのお言葉がござりました。
 それでエレミヤはいつもの通りエルサレムの神殿に参りまして、預言を始めました。
『みなさん、よくきゝなさい。もし汝等が改心なさるならば、神様は災をお下しなさらうとお考へになったこともお控へになるそうです。然し、改心が出来ないとあれば、神様は此宮をシロの如く、此都を世界の呪の的として滅ぼしなさるのだが、どうです』
 ところで今度はヨシア王の時とは大分時勢が違って居ります。こんなことを聞かされてぢっとして居る人は誰れも居りません。
『こん畜生! 生意気なことを吐(ぬか)す』と民も祭司も預言者も、凡そ自分は善い人間だと思って居る人間は誰れもかれもどやどやとエレミヤの身辺に駆け集り、
 甲『何を云った、も一度云ってみい!』
 乙「此宮がシロと同じやうに亡びる? 糞生意気な!」
 丙『何だって? エルサレムが狐の巣になる?』
群衆『やツつけてしまへ! やツつけツちまヘー』
群衆『生かして置くな!』
 と今にもエレミヤは殺されそうになりました。
 さあ大変だ! 神殿に大騒動が持ち上ったと王の御殿に注進が二人も三人も走ります。大臣方は『そらたゞごとではない』と袖を打ち連ねて神殿に御出ましになりまして『新しき門』で、直に事の次第を御取調べになると云ふことになりました。
 そこヘエレミヤは大勢に腕を捻じ廻されたり、頚筋を掴へられたりして出て参りました。群衆は唯理由もわからず、ワイワイとはやし立てました。然し、心あるものは皆眉を顰(ひそ)めて居りました。
 エレミヤは至極平気なもので大臣の前に出て身体が自由になったものですから、また群衆と大臣に向いて大演説を始めました。
『みなさん、私は神様から送られて、神様のお言葉を諸君にお伝へしてゐるだけであります。神様は諸君がもし今から悔い改めなさるならば此街をお罰しにならないで、お許しになると仰せられるのです。だからみなさんは神様のお言葉通りなさい。御覧の通り、私は諸君のなさるが儘になって居ります、此上も御随意にして下さい。然し、そこで御注意申上げたいのは諸君がもし誤って私を殺しなさると云ふやうなことがあっては無辜(つみなきもの)の血の報が諸君の身の上と此都とその住民の頭の上に来ますからそれを考へて置いて下さい。と云ふのは外でもありません。私は神の使としてこゝに立って居るのでありますから』
 此演説には群衆も大臣も力抜けが致しました。大勢の中には預言者祭司に聞こえよがしに、
『何だつまらぬ 此人は預言者じやないか?』と申す人もありました。
 そうして居る中に群衆の中から年老が二三人出て参りまして、静かに、半分は大臣に、半分は群衆に申訳するやうでもあり、辯護でもする様な句調で、
『昔ヘゼキア王の時にもミカと申します預言者がございまして、矢張この人と同じく今にも此都が亡びる様に申しましたが、ヘゼキア王は、みなさまも御存知の至って信心深いお方でおありなされたから、とうとう影にもそんな不吉なことを見ずにすみました。……だから、あんまり軽々しくこのやうな人を待遇(あしらは)ないのがほんとでございますな』
 と挨拶のやうなことを申して引下りました。然し、今度のことはこんな挨拶で済みそうもありませんでした。
 と云ふのはつい先頃ユダヤ、キリアテヤリム(一名ヘブロンと申しますユダヤでも名高い町)のウリヤと云ふ預言者が既に此流儀で一命を落して居るのであります。
 ウリヤは、エレミヤと同じくエルサレムの滅亡を預言したのでありましたが、それが非常にエホヤキム王の怒に触れ、ウリヤがエジプトまで逃げ延びたものを後から追手までやって、エルサレムに送り返させ、自ら斬罪に処せられて、屍を非人の墓に捨させなされたと云ふことがあるのです。今度とても、エホヤキム王に聞えるならば、それこそエレミヤも首が飛ぶにきまって居るのであります。
 ですから、この辺のことをよく呑み込んで居る宮中の高官でエレミヤの知人のシャパンの子アヒカムは、祭司預言者の怒をなだめ、まづまづ其場を静めてエレミヤひゐきの人々にエレミヤを渡し、エレミヤの一命を救ひました。(エレミヤ二六章)