協同組合と賀川豊彦(6)

 主な論旨

『日本協同組合保険論』は戦時中に有光社から出版されたが、手元にあるのは『賀川豊彦全集』第11巻(キリスト新聞社)所収のものと『協同組合の名著』第9巻(家の光協会)所収のものである。『全集』第11巻の解説は武藤富男(キリスト新聞社社長)がしているが、『協同組合の名著』は賀川の長年の愛弟子であり、協同組合保険の同志であり、全共連の創設に加わり、最後は役員として活躍した黒用泰一が解説をしている。黒川の解説は専門家であるだけに適切であるから、参考になる点が多いのでご一読をお勧めしたい。ここでは紙数の関係もあるので、「第一章 協周組合保険の本質」だけを紹介する。

 《序章》について

 賀川はまず自序で、貧困の原因が自然的災厄と人間的災厄の両面からくることを明らかにしている。そして近代科学はその災厄を予知し克服することを任務としているが、不幸にしてまだその領域に達していないので、自然的災厄と社会的災厄を相互扶助の力で救済する社会心理的努力が、保険を出現せしめたという。要するに、生物はもともと集団的で個人主義的でなく、相互扶助の思念は人類にとっては本質的なものである。頼母子講報徳仕法も洪水救済の地割制度も、福岡県宗像郡にみられる一種の農民健康保険制度も、みな民衆の間にある潜在的な互助経済思想の現れであり、決して西洋に劣るものではないと言っている。
 しかし、このような優れた民衆の社会保険施設は、個人主義的資本主義の悪夢によって日本では、実現することなく葬られようとしている。この点において、ドイツ、英国、スカンジナビア諸国は早くから目覚め、とくに宗教的意識を背景にもつ民衆、あるいは社会的意識運動の盛んな国では、各種の社会保険が計画されて特色のある発展をしたと解説している。そのうえで日本は、生命保険組合はいまだ法律上許されていないが、協同組合的精神は社会保険の各部門で採用されている(注62)という。
 (注62)詳しくは後述するが、協同組合保険がベースになってはじめて社会保険も加入者に貢献し、経営も効率化するというのが賀川の考え方である。
 また、賀川によれぱ協同組合原理を保険の分野に適用したものが協同組合保険であるが、当時は「日本に於いては協同組合というものは、保険事業などに手を出してはならないという謬見をもつ人々があることを憂え、……組合保険は意識経済の発達上、必然性を帯びるものであることを敢えて茲(ここ)に論述したわけである」と自序を結んでいる。

 《第一章 協同組合保険の本質》について

 ①生命保険積立金(長期資金)の活用
 賀川の協同組合保険論の特徴は、第一に、生命保険の積立金(長期資金)を活用せよという主張である。当時は、産業組合中央金庫が5年以上の貸し出しができなかったので、協同組合運勤の限界を打破して新分野を開拓するには、新たな資金源を確保する必要があったからである。賀川が、1935年末に協同組合研究で欧米諸国を歴訪して以来の主張で、ドイツのハンブルク労働組合が生命保険協同組合の積立金で多くの生産工場を組織して成功したことや、スウェーデンフィンランドの消費組合が生産組合の長期資金を生命保険協同組合の積立金から得ていることを学んでからである。
 賀川は、この研究旅行でN・バルウとも会って意見交換をしたが、このときの視察の成果を山崎勉治の協力を得て「保険制度の協同組合化を主張す」(賀川豊彦 雲柱社)という論文にまとめ、1936年12月に出版した。この論文で賀川が提起したことは、日本協同組合保険論の主張と重なるが、運用資産の源泉たる保険料は信用組合の預金と違って、一度納付すれぱ被保倹者が死亡するか、もしくは契約が満期になるまでは引き出されることのない安全な長期資金であるから、協同組合として土地の協同組合化、協同組合工業、協同組合建築など実に多くのことができるという主張である。
 賀川は『日本協同組合保険論』でこの主張をさらに発展させ、本章の「生産資本と生命保険」のなかで、次のように述べている。
「私は消費組合を自ら経営して、組合員の購買高が高まるに従い、この流通資本の問題にいつも悩んでいたが、日本に於ける産業組合中央金庫の如きは、長期に亙るものでも、5年以上貸してくれるものは少ない。それに反して勧業銀行の如きは、産業組合と系統が違うに拘らず、低利の金を15年間も貸して呉れる。……何故中央金庫の金は期間が短いか?それは中央金庫に集まる金が皆、短期の金である為である。……生命保険の金が一番長いものであり、この金には利子がついていない」
「それで庶民生活の安定を計ろうと思えば、生命保険組合を組織してその金を生産組合に廻し、その金によって生活必需品を安くし、衣食住を改造し、それによりて死亡率を減退し、その死亡率の減退によって被保険者も助かり、保険組合も利益があるようにする必要がある。殊に、直接医療事業と関係のある医療組合や組合病院の施設に対しては、生命保険組合の金を融通してもらって、保険運動を増進すれば死亡率は減り、保険組合は見込死亡率より実際死亡率が少なくなる為、利益が多くなるわけである」
 (注63)「協同組合保険は、コンチェルン式の総合体でなければ営利保険とあまり変わらない。生産、金融、販売、購買、医療、信用等の各部門が統合した一大機能をもつことによって、組合保倹はその組織性を活用できる。同時に、生命保険ならば医療とタイアップした死亡率減退運勤で、火災保険ならぱ火防組合を組織して火災件数の減少で危険差益を事務費や募集費の低減で費差益を、生命保険積立金の生産・購買部門などへの適正な融資で必要な予定利率と利差益を確保する」というのが賀川の見解であった。

 賀川の主張は、今日そのまま通用するわけではない。一大機能をもった総合組織であれぱファイア・ウォール(業務隔壁)の問題があるし、生産、購買、医療、共済などの単協も審査や運用利率など経営や競争対応上の多くの課題があるからである。当時の賀川は、ベルリン消費組合が流通資本を組合預金部の借入金に頼っていたので、ヒトラーの弾圧におびえた組合員の取り付けにあい、1934年に壊減したのを見ている。ところがハンブルク消費組合は生命保険からの融資で生産工場を組織したから、なんらの損害も受けなかったことを知っていた。
 いまは巨大な資金が浮利を求めて一瞬のうちに世界を駆け巡り、日本の大銀行もアジア諸国も一夜にして傾く時代である。しかも、ヘッジファンドにも問題が出ているというから、組合員に信頼される運用のあり方と利差、費差、死差についての原則的考察が改めて必要であろう。
 ②杜会心理を背景とする協同組合保険
 第二の特徴は、協同組合保険が非営利であることによって、営利を目的とする会社保険よりも非常に有利であることを強調していることである。

 ●非営利による確率の変化
「保険事業の性質上、営利本位の保険事業と、協同組合的保険事業との間に、保険の目的に於て格段なる差があるわけではない。だが、若し根本的に差異があるとすれば、営利を目的とするかしないかの点に於て大きな差を発見することが出来るであろう。営利を自的としないために、組合の組織性は社会的進化を招致する。この社会性による社会的進化こそ、組合保険事業の根本生命である。……これらの人的及び財的保険の相互扶助的役割は、数学的確率論の進歩すると共に、学的根拠を持つようになった。とは言え、この確率的根拠は社会心理的背景を持っている。即ち人間的能力を発揮すれぱ発揮するほど、その確率の領域に変化を起す。であるから、営利的保険会社から見れぱ宿命的な確率も、社会性を発揮してその災害を除去し得る可能性のある協同組合運動に於ては、この確率は宿命的ではなくして、特別な変位面数と変化性の係数のついた確率であるということが出来る」

 ●モラルリスク
「営利的保険会社に於ては社会性を欠いている為に、保険の売買は至極単純である。即ち保険証券の売付けは、商品切手を売る場合と少しも区別ほない。……従って協同組合保険のように、組合員各自が人的及び財的災害等を減少せしめようという社会心理的努力を払うことは不可能である。いや寧ろ、時によると反対の場合があり得る。即ち財的利益を増すために、不道徳を犯してまで個人利益を増大せんとする形勢がある。然るにその反対に協同組合保険に於ては、実に複雑なる社会心理的機能が働く為に、普通、道徳危険率(モテールリスク)は尠(すくな)くなり、経営費の負担は軽減し、従って災害保障に対する保険料金の支出も、低率ですむわけである」

 ●協同組合保険の組織の在り方
「協同組合保険は、すでに成立せる組合によって経営せられるものが多い。然らずとも営利を目的としないから、組合の社会性を利用し得る点に於て、株式会社との間に非常な差がある。……募集費も要らず、徴収費の心配も要らず、道徳的危険率を心配する必要もなく……これを見ても協同組合保険というものは、協同組合を離れて、新しく作るべきものではない。現に存在する社会性を利用して発展さすべきである」
 要するに、会社(株式会社・相互会社)は営利が目的で組織性がないから保険事業には不向きだが、協同組合は保険のもつ相互扶助の精神と組織性を生かせるから最適だ、という主張である。ここでいう組織性とは、(産業組合のように)生産、金融、販売、信用消費、共済(農会の小規模共済)などの各部門を総合した一大機能を指している。これを今流にいえば、農協、各種生協、労働組合自治会、勤労者組織など社会性と組合員の信頼のある組織を指すが、これらの組織を事業基盤にして経営効率を高め、募集費、払込経費、危険分散、道徳危倹率、解約費などの節約と低下ができるという主張である。
 ところが、現状はJA共済や共水連(漁協)を除くと、共済生協は乱立状態で、賀川がいう「経済的倫理の経済的効果」を発揮しにくい状況にある。くわえて、営利保険は東邦生命や日産生命の経営破綻をきっかけに、淘汰から外資との提携を含めた業界再編を進行させており、共済だけが安泰な時代ではない。
 そこで、賀川が指摘した「協同組合の社会性(単協の総合的機能)」を活用しようとすれば、一つは日生協加入の購買生協がこれまで以上に積極的に共済事業に取り組み、全労済再共済連への出再と全労済との事業提携を強めること(新種共済の開発時間と開発費の節約)である。二つには、プリミティブな共済は別として、共済事業によって社会的に貢献しようとする共済生協は日生協に加入し、全労済と部会を形成して地震共済の開発や、共済間の相互援助体制の確立などが望まれる。
 とくに、「森林保険法と漁船保険法」の項で賀川が主張した『経済的倫理の経済的効果」というフレーズには、賀川の協同組合保険思想が端的に表現されている。
 ●募集経費
 「保険勧誘員の受取る保険勧誘費ほど、奇妙な冗費は無いであろう。若し、協同組合が総会あるいは大会の決議に依って簡単に募集し得られるものを、営利会社が一人につき数十円の勧誘費を消費するとすれば、それだけでも国民全体の浪費は頗る大である。それだけを節約すれぱ、保倹料金は尠(すくな)くて済む訳である。殊に払込みに至っては、今日の営利会社の代理店ほど不明瞭なものはない。即ち保険料金を受取って置いて、時によると代理店が数箇月もそれを流用し、加入者に迷惑をかけている場合も尠くない。これに反して、若し政府に登録せられたる産業組合がこれを代行する場合、こうした手違いは起り得ない。のみならず、払込みに対する経費も実に僅少で済む」
 「今日生命保険会社の営業費中最高額をなせるものは、新契約募集費であるが、しかもかかる多額の募集費を費やして勧誘せる契約が初年度に於いて掛捨契約となる数は大約新契約高の三割五分に及び……之は外交員が被保険者の利益よりは、自己の営業成績を挙げんが為に、種々なる手段を弄して無理な加入をするからであり、若し之を協同組合保険に依り、産業組合支部として行うとせんか、保険は組合費相互に勧誘し、互助の精神を以て運営されるが故に斯かる弊は一掃され、新契約募集費並に維持費は著しく節約され、従って保険料を低減して費差益を大ならしめ得るのみならず、失効契約に依る被保険者の犠牲をも防止し得るであろう」

 ●保険金額と組合保倹
 「営利保険では殆ど無制眼に、高額の保険を契約し得る。しかし、営利会社と異なって営利を基礎にしない組合保険に於ては、無闇に保険金額を決定することは許されない。それは、支払われる金額は、組合員相互扶助の目的を以て集められた金であるから、産業民主の目的を以て、一個人が多額の金を組合から引出さないように力めなければならない。……組合保倹は営利会社の経営する保険と違って、投機的要素を排除せねぱならぬ。
 その為に、保険加入者にして投機的な精神で組合保険を利用せんとするならば、或いは失望するかも知れない」

 ●組合保険料金の問題
 「営利会社と違って組合保険は、経費に於て最小限度でよく、道徳危険率は尠く見てよいし、その上に利益金払戻しの便宜がある為に、その利益を災害率を減少せしめる為に消費することが出来る。生命保険ならぱ死亡率減退連動の為に、健康保険ならぱ健康増進運動の為に、災害保険ならぱ災害防止運動の為に、剰余金を使用し得る。又、火災保険ならぱ、火防組合を組織して火災件数を減少し得る」

 ●危険分散
 「災害の確率は、保険加入者の数が地域的に分散し、その数に於て増大するほど危険を分散し得る。勿論これは空間的に言ったことであるが、保険加入者の道徳率が優良になれぱなるほど、時間的には危険の分散を計り得る。私がここで道徳率と言うのは、先に述べた災害防止に対する社会心理的能率の発揮を合めていうのである」
 「であるから、保険組合は全国的に危険を分散せしめ市町村の組合を一単位となし、県連合会に再保険を依頼し更に、国家的連盟体に再々保険を依頼しなければ危険の分散を期することが出来ない。であるから、これを逆にして全国を一つの区域として包含し得る団体が保険組合を経営し、部落単位の組合が、その支店となってもよいわけである。ただ、組合組織を鞏固(きょうこ)に持てば、道徳危倹率が少なくなることは言うまでもない。かくて危険分散の点から考えると大組織を必要とし、遣徳危険率から考えると、部落単位を最良とするために、ロッチデール式代議制度は、保険組合にとっては巳むを得ない唯一の人的組織であると考えざるを得ない」

 ●人格的産業自治主義と組合保険
 「人格的産業民主主義の脆る弊害の一つは統制力を欠き、協議に時間を要し、機敏を欠く点にある。そこで、産業組合が大きくなればなるほど、支部組織を強化し、一支部の会員があまり多数に上らないようにして、絶えず意識的目覚めが冷えないように努力し、又、意識的結束が完全に行くように、力(つと)める必要がある。……そこで問題になるのは、代議員の中から選出される理事者の人格である。若し理事者に於て奉仕的精神が十分にあれぱ、その組合保険は成功するに決まっている。然らざるときは、組合保険といえども、信用を受けることが出来ないであろう」
 「組合保険は飽くまでも意識経済の領域に属するものであるから、組合員各自が固く意識的に結合するのでなけれぱ、単なる組織だけで能率を発揮することは出来ない。意識の領域は広い。絶えず緊張し、絶えず努力し、絶えず開拓して行かなけれぱ、組織体を持ったからと言って、それで組合が完備したと考えることは大きな間違いである。組合保険がいくらよき漁網であっても、網の打ち方が不巧(まず)ければ魚を捕えることは出来ない」
 「組合保険の如き一種の道徳運動は、社会的経済道徳の意識的目覚めに向って相当に深い犂(すき)を入れるのでなければ、よき収獲を得ることは出来ない。組合保険運動は教育運動である。この教育を怠る指導者は絶対に成功しない。我が国に於ても既に10種に近い組合保険があるに拘らず、民衆が何等それに対する知識を持っていないことは、我が国に於ける組合保険の指導者が大きな誤算をしているように私には思われる」
 解説の必要がまったくないほど、簡潔に協同組合の諸課題について述べられている。とくに協同組合(保険)の民主的・自治的なあり方や組織単位、規模、運営、理事者の人格、業務における緊張と努力やフロンティア精神、組合員教育の重視などは、今も大事な共通課題である。

 ●組合保険の超宗派主義
 「先に述べた如く組合保険の事業は意識経済に属し、相当に科学的知識を持たなければ、社会経済的能率を発揮することが出来ないから、理事者たるものは絶えず研究心を振い起して努力する必要がある。殊に前に述べた如く、積立金を社会政策的に運用し、それに依って危険率を低下せしめつつも、一面に於ては経済的にも利潤を図り得るような運用を図ろうと思えば、理事者は社会科学及び経済科一隻眼(いっせきがん 注64)を持っている必要がある」
 (注64)一隻眼=物を見抜くカのある独特の見識

 「我が国の実業界には取引きの際に女色を提供したり、酒宴を張って取引きをする妙な癖がある為に、地方の産業組合の中には、組合運動が道徳運動であることを忘れて、資本主義の模倣に陥っているものが屡々(しばしば)ある。殊に組合保険の如き、蓋然性を基礎に置く経済科学に於ては、確率の本義を理解しない理事者があれば、組合保険を一種の賭博のように考えて金使いが荒くなり、その為に組合の信用を失墜せしめる恐れがある」
 「況(いわん)や名誉心の為に組合の理事の席を争い、或いは宗派的分裂を惹(ひき)起すならば、国家的損害は想像以上に大である。フィンランドに於ては生命保険組合が二つに分裂し、左翼の組合保険と、右翼を中心とする農業団体の生命保険組合が互いに競争していた。こうした分裂は、日本の如く思想的変遷の甚(はなはだ)しいところに於ては必ず起り得る現象であるから、理事者たる者は大いに警戒し、思想の分裂によって保険組合を分裂せしめないように努力する必要がある」
 「ロッチデール組合は始めより社会連帯の上に立ち、超宗派的全体主義をその基礎としてきた。それで社会思想がいかに変化しようと、組合保険の理事者はそうした宗派主義の分裂にこだわらず、全国家的立場より、大度団結を破らないようにしなければならない。分裂は危険分散を阻害し、社会保険の使命を阻害する恐れがある」

 ここでも賀川の問題提起は具体的であり、抽象的なリクツは言っていない。とくに、理事者の保険に関する研究、協同組合保険の道徳運動(経済倫理の経済的効果)などを強調していることに注目しなければならない。宗派主義についても、「分裂が危険分散を阻害する」という実害を指摘しながら、これを強く戒めている。戦時中の東京共働社(モスクワ派)と江東消費組合(ロッチデール派)の合同問題や戦後の日協同盟創立の経過を見れば、賀川が協同組合戦線の統一にいかに揮身の努力を払ったかがわかる。
 また、賀川が周辺の人々に繰り返し強調したことは、協同組合関係者はいつも身辺を身ぎれいにしておく必要があるということであった。このことは、彼の著書でも数力所で述べられているが、賀川といっしょに江東消費組合の再建に努力した日本協同組合同盟の中央委員で、後に同志社大学教投になった鳴田啓一郎は次のように回想している。
 「賀川氏が協同組合の指導者たちに特に要望したことは、『酒・金・女』に清潔たることであった。江東消費組合は賀川氏のまな子ともいうべき愛着の結晶であった。戦時下より戦後にかけて、その組合長を勤められたのは久しく賀川氏の協力者であったM氏(注65)だが、戦後日本の新社会を創造するために協同組合の再出発を期するに当たって、まず自己組合の姿勢を正しくする責務を感ぜられて印旛沼疎開中のM氏の宅に私を使者に立てて、組合長辞任を要求せられた。その書面には、率直に、M氏の私生活が協同組合運勤の前途を危うくするものと明
記されていた。私は襟を正して、賀川氏の協同組合運動への誠実さを懐うのである」(『協同組合の名著』第9巻月報)
 (注65)江東消費組合の再建をめぐるM氏については、「山本日本生協史」(695頁)にも実名で登場している。また、宗派主義による分裂の弊害についてはフィンランドの事例を引用して、「分裂」や「割拠主義」が協同組合保険の危険分散を阻害し、社会保険の使命を損なうことを強調している。この点について、戦後、賀川は日協同盟を組織するさいにとくに留意したが、戦後の日本の協同組合戦線は例外的に統一を守ることに成功した。それが日本の協同組合運動の発展につながり、世界的に評価されるようになった一つの要因だが、「組合運勤は全国家の民衆を救うために存在している」という賀川の教訓は貴重である。

 ●国家保険と組合保険
 「経済の組立てを分析的に考えない人は、簡単に国家保険を以て社会保険の理想的制度と考える。保険制度が目的の簡単な郵便制度のようなものであるならば、国家事業として少しも差障りはない。……しかしながら未来の災害のもたらす危険より一部落、一私人を教わん為に計画せられる保険事業は、それが未来のものに属し、更に生命とその生命の活動する事象及び生命保存に必要な財産の保全に関するもの(危険の予知、互助の組織、互助による建設、即ち生命活動の過去・現在・未来を貫いて相互扶助という心理的組織をするもの)である以上、そう簡単に取扱うわけには行かない」
 「即ち、社会心理の上に建設される組合保険は、単純なる事物の取扱いと達って①生命保全の意識的社会組織に関係があり、②社会心理の努力に従って確率に非常な変化を起し、③来るべき災害の変転を防止する互助愛的施設によって、能率を異にする。④社会文化の成長と保険加入者の心理的能率の成長率に従って、保険の成績に非常な変化が起る。⑤道徳危険率に左右せられる。⑥互助組織の比例に従って危険率の分散、保険能率の増進に非常な差異が出来る。⑦意織的文化の目覚めの程度に従って、確率の予知、保健医学、天災の測定、災害予防等に対する相互的連絡を組織化し得る為に、保険事業を意識化することが出来る」
 「つまり、国家的社会保険の発達は、民衆の相互扶助的道徳思想の発達と相俟って進歩するものと考えてよい。……それで国家保険を以て全部の社会保険を統括しようとしても、そこには各種の社会心理的困難が起って来る。で、財的保険は国家的にやれても、人間的保険は心理性を加味したる協同組合保険を基礎として、その上に国家管理を延ばして行く必要がある。保険国営の言棄は容易に発音出来る。しかし、それを技術的に進展せしめる場合に、矢張り協同組合に依る社会心理性を利用しなければ、よき社会保険を作ることは出来ない」
 このように、賀川が保険事業というときは、保険事業は民営の生命保険や火災保険だけでなく、失業保険や健康保険などの社会保険をトータルに考えていた。つまり、社会保険も互助・自治の精神を基本に制度を運用してこそ、はじめて経営効率と加入者の満足度を高めることができるという主張で、実際に産業組合が健康保険業務を代行する要求と闘いを組織して成功した。つまり、社会保険も組合員の相互扶助意識を基本に本来の目的が達成できるというものである。このほかにも、賀川は神戸市の失業保険(神戸市労働者共済組合)や東京市の失業保険などを組織したが、その経験にもとづく意見である。
 また、貧困は死亡率を増加させることを国の統計資料で説明し、家の狭い家庭ほど羅病率と死亡率が高いことを明らかにして、貧乏人が多い地区には営利保険が進出しないし、仮に進出しても貧乏人は生命保険に入れないから、社会保険と組合保険の連携が必要なこと、あるいは防貧と医療の社会化を関係づけることなどを説いた。これは卓見であるが、産業組合の国民健康保険業務の代行については脚注の黒川日記(注66)を参照して、当時の状況を考察していただきたい。
 (注66)黒川泰一日記「昭和13年2月15日(火曜) 本日国民健康保険法案は、午後4時半本会議に上程され、……衆議院をついに通過せり。……国民健康保険の産組代行が認められた以上、今後の農村産業組合運動にたいしては、医療組合運動によって、従来の経済偏重より、生命尊重の方何へ一歩を踏み出したばかりであるが、こんどはさらに国保を自己の事業として経営することによって、より社会性のつよい隣保的人間愛の協同体ヘ、百歩前進する足がかりを与えるものであり、……医療が営利の対象となっている間は、真の医学は発達しない」(『沙漠に途あり』黒川泰一著 家の光協会
 以上、要点のみ紹介してきたが、賀川が情報統制と言論統制の厳しかった日米開戦前夜に、諸外国の協同組合保険を詳しく紹介し、同盟国であるドイツのヒトラーの協同組合保険にたいする政策を厳しく、再三にわたって批判していることを伝えて「日本協同組合保険論」の紹介を終わることにする。

〈参考文献〉
 『農業共済発展史』全国共済農業協同組合連合会
 『日本生活協同組合連合会二十五年史』 日本生活協同組合連合会
 『愛と協同の志 コープこうべ70年史』生活協同組合コープこうべ
 『共栄火災五十年史』共栄火災海上保険相互会社
 『日本生活協同組合運動史』山本秋著 日本評論社
 『改訂増補・日本生活協同組合史』奥谷松治著 民衆社
 『東京学生消費組合史」向山寛夫著 中央経済研究所
 「賀川豊彦」武藤富男著 キリスト新聞社
 『私の賀川豊彦研究」黒田四郎著 キリスト新聞社
 『賀川豊彦と現代」烏飼慶陽著 兵庫部落問題研究所
 『〃賀川豊彦〃共同研究を終えて』『ひょうご・部落解放』34号(1989年3月)
 『土着と挫折』佐治孝典著 新教出版社
 『わが妻恋し』加藤重著 晩聲社
 『三菱川崎労働争議顛末(復刻版)』社会運動資料刊行会発行
 「解放の年輪 兵庫県戦前社会労働運動・回想録』ゆりかご会編

 「はじめに」で書いたように、注釈と参考文献の紹介が必要なものは、本文でそのつど紹介した。筆者が全体を通して参考にさせていただいた文献は、巻末で再度紹介したのでご利用いただきたい。ただし、「賀川豊彦全集」第1巻〜24巻は除外した。