求めたいお金にならない価値観 原耕造

 10月10日、「賀川献身100年記念徳島県民フォーラム」が徳島市徳島県郷土文化会館あわぎんホールで開かれ、約300人の会場には市民や関係者が埋め尽くした。テーマは「賀川豊彦の再評価−21世紀のグランドデザイナー」で、元コープこうべ理事長で神戸大学名誉教授の野尻武敏氏が基調講演した。続くシンポジウムでは山下俊史日生協会長原耕造NPO法人生物多様性農業支援センター理事長濱田陽帝京大学准教授がそれぞれコメントした。

                                                                                                    • -

 「立体農業と生きもの調査」 求めたいお金にならない価値観
   ◆原耕造(生物多様性農業支援センター)
 ベルリンの壁が崩壊したときには、私はドイツにおりました。実際にその場に立ち会っているとあまりピンとこないものです。そういう歴史的に大きな出来事はあとで振り返って考える中でその大きさが確認されていくものです。
私自身は協同組合というものの中でずっと活動してきたわけですが、賀川豊彦について研究してきたわけではありませんので、有機農業運動を検討していく中で賀川の農業論について触れていきたいと思います。今日は、私が実際に活動している中で賀川の思想との共通点について私自身の視点からいくつか検討してみたいと思います。
賀川は、立体農業の現代的意義についてこう言っております。「仕事でもうけて欲望を満たそうというのは、商業、工業の発想です 農業はもうけなくても欲望を満たすことができる。それが農業のすばらしいところで、立体農業とは立体生活でもある」。私自身は講演会で次のスライドを用いながら、これまでの農業というものを「農」と「業」という二文字に分けて説明しております。
私たちが農業を考えるとき、生産性向上、規模拡大、品質向上、投下労働減少といった数値で表される部分、あるいはお金の単位、そういった形で「食料の生産」機能としての農「業」の部分、ここにウェイトが置かれすぎているのではないでしょうか。農業をどうするかというとき、このお金にならない「農」の部分、命を育む、季節を感じる、永遠の時間、自然との一体感といった命の単位についてはあまり語られません。これをどう評価するのか。この二つを合わせることではじめて農業、田んぼといったものを論じるスタートラインに立てるのではないか、そう感じております。
実際に私たちは、この写真のように「お金にならない価値を発見できる生きもの調査」というものを行っております。田んぼの中に入っているのはこどもたちであり、生産者であり生産者の奥さんであり・・・さまざまな人びとが田んぼの中に入っております。最初は戸惑いながらも、田んぼの中の生きもの、生態を見つめる中でお金にならない価値を発見する機会が得られます。わたしたちは、最初は生きもの調査を「手法論」として考えておりましたが、そのうち、どうもこれは生きもの調査すること自体に意義があるのではないか?ということを強く感じるようになりました。
 賀川が翻訳しましたラッセル・スミス『立体農業の研究(The Tree Crops)』には次のような言葉があります。「山林から豊な食べ物を生産し、山林から肉やミルクまで生産する農業/生きている山を活用することによって、自然環境の保全にも役立つ/山の草を活用せよ/樹木農業をしなければ土壌は流れてしまい砂漠になる」。
私たち自身は田んぼをどうするのか?という議論を重ねてまいりました。昨年韓国の昌原(チャンウォン)で行われたラムサール条約の締約国会議に出席し、映画『田んぼ』というものを作製しアジアにおける田んぼの価値を世界の人びとにわかってもらおう、そして水田決議を行うために昌原に行きました。(『田んぼ』紹介:http://wehab.jp/movie/index.html)。
その折にFAO国際連合食糧農業機関の職員と話す機会を得ました。世界の飢餓対策として田んぼの複合的食料生産機能があるんだと言っておりました。本当の飢餓対策は米の収入だけを考えていてはいけないということでした。私たちの考えとの共鳴もあり、その後一緒に活動する機会が増えております。お米の生産性だけで考えない、それが私にとっての立体農業論です。やはり一番大切なのは、森から海までの生きもの調査の繋がりが本当の意味での立体農業になるのではないかと考えております。このスライドは豊岡のコウノトリの図ですが、地域の命の循環の大切さが語られています。
 先日、第二次のトキの放鳥が佐渡で行われました。私もそのシンポジウムの運営に参加しましたが、佐渡では市役所と一緒に「トキと暮らす郷づくり」というのをやりはじめております。
ただ単に米の有利販売をするのではなく、山の上の原生林や牛、沿岸漁業の問題など島全体の産業と人びとの生き方を含めて考えていくというものです。時間はかかりますが、そうした取組を進めております。
建設業界では図面をひくときに「鳥瞰図」というものがあります。私たちは、「有機」だとか「特栽」とか「慣行」だとか、田んぼの区分をしておりますが、まさに鳥の眼から見たときにはそんなものはありません。私たち人間からみた食の安全性からみた区分は、私たちのものでしかありません。田んぼだけではなく、その周辺にある河川や沼、池と一体となった生きものの豊かさ、そういったものが大切なのではないかと思っております。
賀川豊彦『精神運動と社会運動』の中ではまさにファーブルとダーウィンの話が出ておりましたが、ファーブル『昆虫記』の中には適者生存ではない相互扶助と生存競争という視点があります。
 私たちは生きもの調査の中で、田んぼで見つけた虫の分類をこどもたちと一緒に考えていきます。最後には害虫と益虫とただの虫という3つに分類することになります。この中で圧倒的に多いのはただの虫です。私たちは自分たちの稲の生産性から勝手に虫を分類してしまいますが、これは人間の視点だけで見ているのではないか?ファーブルの言うとおり、渾然一体とした中での田んぼの、生きものの曼荼羅という視点が重要なのではないかと考えております。今から何年か前、豊岡でコウノトリの放鳥のときに一遍の詩を作りました。

「人々は天然記念物のコウノトリを人間が自然に戻したと思っていた。/しかし、それは間違いで、コウノトリが人間の心を自然に戻してくれたのだ。/会場にいたコウノトリ関係者はいつまでも空を見ていた。/そして自分の心が洗われるのを肌で感じていた。/これまで人間中心の価値観だけで生きてきたことを恥ずかしいと思った。/総てをお金に換算しながら生きている自分を更に恥ずかしいと思った。/コウノトリは何処までも飛んでゆく。/飛んでいった先でコウノトリが生きていけるような日本とアジアの田んぼにしなくては。」
 外国の方がよく日本の自然は豊かであると言います。私に言わせれば、それは復元力が強い原生自然(照葉樹林)があるからです。豊かな滋味のある水が河川に入り、それが人の手が加わった人工自然(里山)、田んぼに入りそれがまた豊かな海をつくっていく。こうした循環が日本の豊かさである。そう思います。
 賀川豊彦理想社会ということについて、先ほど山下会長のお話にもありましたが、「一人は万民のために、万民は一人のために」、人類と地球の生きものとの協同という分野に21世紀は踏み込まなければならない、私はそう考えております。協同組合におけるロッジデールからレイドローという流れの中で、企業のCSRや協同組合の変遷の中で経済的弱者の時代の協同組合活動のあり方から経済的豊かな時代のあり方、さらには1992年の地球環境サミット以降の「地球環境時代」の協同組合の社会的責任のあり方。そういったことは社会の歴史の変化とともに大きく変わっていくのではないかと思います。
これからの市民運動の方向としては、「経済的弱者の協同活動」から豊かな経済の中での「食の安全を守る協同活動」、さらに「地域環境を守る協同活動」へとシフトしていくのではないだろうか、そう思います。まさに『一粒の麦は死すとも』においてこう書かれています。「一粒の麦もし地に落ちてしなば、多くの実を結ぶべし」、「君たちは一粒の麦になって各地の農村に大勢の弟子を育ててもらいたい」と。
 さまざまなこどもたちも含めた教育活動をする中で、従来の「つくる人(生産者)」と「食べる人(消費者)」といった関係性(相反する利害関係)から、もう一度意識を変革し、環境型の社会関係の中において農業版の地球温暖化防止・生物多様性促進、市民生活版の地球温暖化防止・生物多様性促進そのような新しい共通の利害関係が生まれてくるのではないかと思っております。
従来型の市民運動がもっていた「経済的貧困からの脱出・賃金闘争」は、「精神的貧困からの脱却・精神運動」へ、「物質的豊かさの追求・GDP」は、「心の豊かさの追求・GHP」へ、「自分と家族の幸せ・平和運動」は「世代を超えた幸せ・地球環境運動」へ、「人間中心の価値感」は「地球生物の価値感・生物多様性」へといった意識転換を行う新たな市民運動として「田んぼ市民運動」を提案しております。
多様な市民参加による田んぼ市民運動は次のような考えに基づいております。「田んぼが多様な命を育んでいることを実感するために田んぼの生きもの調査に参加する/生きもの調査に基づき、地域別の生物指標をつくり、地域の文化と伝統と生きものの関係から新しい人間の価値感を発見する/発見された価値感に基づき、農業を評価する新しい社会の仕組みに参加する/新しい社会の仕組みに基づき、田んぼを維持する担い手になる/田んぼを中心とする里山や原生林、里海等の流域と連携する活動を展開する」。こんな形で「生きもの認証」と「田んぼ支払」というものを2本柱にして生きもの調査活動をベースにした新しい社会運動である田んぼ市民運動をやっております。
 まだまだつたないものかもしれませんが、私自身協同活動を30年やってきて、また賀川豊彦のさまざまな著書から学びとったこと、そこから私自身がなんとかやっていけること。そうしたことをみなさまにご紹介いたしました。