世界国家27 涙の蒸発(1948年9月号)

 久しく訪れざりし 讃岐豊島に 今日は また帰つて来た。
 日華戦争から 太平洋戦争まで 巣鴨刑務所を出て ことに自らを追放し 島影に祈つて もう三年の歳月はながれた。
 その間 日本は 倫落から 倫落へ 亡国の悲哀を味つた。
 集団強盗は横行し スリは駅にあふれ ヤミ屋は列車を 占領し赤旗が 法廷に 飜る時が来た。
 そして 私は 平家の落人のようになつて 村から 町へ 町から村へ 泣きつゝ 日本の往還を 涙でふいて廻つた。
 神の国を慕う者も 多く見つけた だが 日本は少しも明朗にならない。
 内海の水平線は 一直線にひかれ 静に 天空とつらなる。
 ここだけが 地上と天界の相つらなるところ 冬の太陽が 温いまなざしを向けて 島々を祝福してくれる。
 太陽は 日本が 亡びたことを知つているが その涙を蒸発させるように努力してくれている。
 彼は 戦前戦後同じような顔をして 少しも苦しい素振をしない。
 彼が温めれば 魚も水におどり 松も 小鳥も 笑む。
 されば 太陽よ 日本の涙を 蒸発してくれ。(一九四八年九月号)