那須善治 ( なすぜんじ )

1865年(慶応1)6月21日,愛媛県西宇和郡保内町川之石に生まれた。1899年(明32)大阪の実業界に進出して大阪に転籍,その後さらに兵庫県神戸市東灘区住吉町に移った。第1次世界大戦中に一相場師として巨万の富を得たが,その後感ずるところあって実業界を引退し,社会公共のための奉仕を決意して賀川豊彦(別項)や平生釟三郎らの勧めによって,1921年(大10)灘購買組合を設立して組合長となり,生協運動に後半生をささげた。もともと苦労人の彼は,その運営にあたっては主として人材の養成と組合経営の面に力を注ぎ,とくに商人時代に鍛えあげられた手腕と度胸とで,創立当初からおもな取扱品は産地との直接取引を行ってきたが,それは彼の財的援助があってこそできることであった。こうして,生協運動がまだそう発達していない日本で,灘購買組合(その後合併して灘神戸生協)が今日の成長をとげたのは,創設者である彼の献身と惜しみなく投じた物的奉仕によるところ大であるといわれ,さらにまた関東消費組合連盟の発展にも彼の財的援助が大きな力になっているといわれている。1938年(昭13)12月19日没。(涌井安太郎)
=協同組合人物略伝から転載
http://www.ienohikari.net/data/kjinryaku/meisai/nasu-zen.htm