中之郷質庫信用組合の「貸付に関する十二章」

 中之郷質庫信用組合設立にあたって創設者の一人、奥堂定蔵が書いた「貸付に関する十二章」がある。今の時代に読んでもなかなか含蓄がある。貸付係に対する日常生活から債権者との距離の置き方、はたまた「直観力」などという表現もある。信用組合でなくとも一般の企業経営についてもいえることが簡素に伝わってくる。

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――貸付係の心得について――

 昔から親子でも金銭は他人といい亦御銭は命から二番目だとも云う此の様な工合に御銭に対する執着心は今も昔も変りはない。年老いて何等扶助制度のない我が国に於ては自然之れにたよると云う事も無理からぬ事でありましょう。さて此の様に命から二番目の虎の子を御預りする責任は極めて重大なる役目であり更に此の預った御金を運用する貸付係の責任は最も重要な責任と申せましょう。現今金融機関の不正行為の中に必ず貸付係が一役買って居る事実も見逃す事の出来ない現状であります。随て私は此の係が常に心に留めて置く可き心得を順を追って羅列して見よう。

第1章 貸付係は常に質素を旨として決して派手な生活をしてはならない。自分の収入を以て生計を立てる可く心掛け第三者から疑惑の眼を以て見られぬ様常に注意すべき事之が第一義的である。
第2章 貸付係は其の組合の消長に関する重大なる役割を果すもの故常に自己の信念に生き強く正しき精神を持たなければならない。いやしくも借主の誘惑にかかり呑み食いする様な事は勿論例へ紅茶1パイでも決して同行せぬ様心掛けべきである。紅茶1パイがきっかけとなって今日世にある様な不正事件の端緒となるからである。
第3章 借主の家には用件の無い限り訪問しない事、之れは先方で非常に気を用い少しの時間でも営業の手をやすめることとなり種々御心配を御掛けする事にもなる。進んでは不正金融の相談を引き受ける場合も生ずるからである。金融の御相談は事務所以外では御話相手にならぬ様常に充分警成すべきである。
第4章 組合員の方々に自分の自宅を教えてはならない。教えた事に依って色々な品物を頂くおそれがあり闇金融の相談場所ともなる故に組合の為に害があって決して益する事がない。尚亦自宅名入の名刺など軽々しく御渡しせぬ様充分注意すべきである。
第5章 貸付係は借金をせぬ様常に心得る可きである。組合員の方々の御相談相手になり其の判断を下すべき重要なる役目を考へるとき自分が借金などする事は甚だ矛盾するからである。如何しても必要なる場合は公明正大に上役に相談すればよい。
第6章 直観すべき勘を持つ事、対人信用を第一義的に見るべき本組合の如きに於ては直ちに其の人柄を洞察すべき眼を持たなければならない。之れが即ち勘である。其の勘が愚鈍では貸付係は落第である。
第7章 実績の問題、今日の様な経済不安定なる時代に於ては裏付けとなる可き実績を考慮に入れる可きは之れ亦当然である。即ち第六の勘と裏付けとが組み重ね合って適当なる判定を下すべきが妥当なる方法と思う。
第8章 期日を守る御方、集金員が伺った口取に必ず掛金をなさる方亦借入れ返済日には必ず返済するか書換をされるとか責任を以て決めた日取りを実行される方は先ず堅実な経営をされて居る者と見て差支えがない。此の様な御方には出来得る限り御相談にのる事が至当と考へられる。
第9章 追貸の問題、返済期日には返済せず約束を守らず追貸追貸と段々嵩む貸付けは充分注意をせねばならない。其れは其の方の経営が行き詰り不振に落ち入った証拠である。故に非常に警戒を要すべきである。
第10章 貸付は即時実行する。今日の様な目まぐるしい経済界の変動時代に於ては何れの方々でも貸付を早く実行されん事を望んで居るが其れが数日も要するのでは御金が役に立たない。故に其の係りは熟慮の上適当なる場合は即時に実行すべきである。之れは当組合独自の方法であって組合員各位から非常なる好評を博して居るのであるが故に其の衝に当る者は永くその伝統を引き継いでもらいたい。
第11章 貸付けて良い御金と貸付けて悪い御金、人は七転び八起と云う、どの様な方でも永い人生の中には良い時もあり悪い時もある。真面目の御方で永い間取引きをして居れば必ず其の人柄を見抜くべきである。万一其の様な御方が不運のめぐり合いになった場合は心よく相手になり出来得る限り相談にのる様心掛けなければならない。こんな温い気持ちで貸付けた御金は割合に貸し倒れにならぬものである。亦之れとは全々反対に世の中に役に立たない御金即ち転貸、政治家、遊興費、賭博に類するもの、平和を乱す製造業等は仮え実績があっても断る様にすべきである。以上は社会に取って百害あっても一利ないからである。尚亦世間で云う顔で貸す類の如きは以ての外である。
第12章 最後に貸倒れの問題に就て、全く公平無私なる貸付けをしても当然考へられる事は貸倒れの場合である。昔からどんな名人が貸付けをしても総高に対して其の2分は貸倒れになると云う事が殆んど常識である。不幸にして貸倒れが出た場合は上役に報告し上役は役員会に於て其の責任を明かにせねばならない。