北欧の印象記(1)常備軍は軍楽隊だけ

スカンヂナヴィヤ旅行印象後記

ノルウェーの入江

もう少し協同組合が発達してゐると思って予期した割合にノルウェーの組合が発達してゐないので、少し失望した。
然し、之を日本の都市消費組合に比較すると驚く程、進歩してゐると云ふことが出来よう。
ノルウェーは漁業国である。漁業保険は世界一に発達してゐる。それは冬期一〇万、夏期二万の漁民の生存権の保証と、漁船保険の二種になってゐる。後者は地区的共済組合保険に対して、政府が再保険してゐる。前者は絶対的に政府が保証してゐる。
之はノルウェー国の起原が「海」から始まってゐるので、かうした保護政策になったものと見える。
ノルウェーは「入海(フヨルド)」の国である。太古層の花崗岩が収縮し、その為めに起った入江が、幾百となく細長い港湾を作ってゐる。之がノルウェーの文化を造った地理的条件であると云ひ得よう。この港湾から欧洲諸国への略奪者が忍び出たのは、瀬戸内海から「倭寇」の海賊大将が支那海に躍り出たのと同じ理由であらう。

常備軍は楽隊だけ

北極探検家も、南極探検家もきまったやうにノルウェーから出て来る。ノルウェー人は今も猶冒険好きである。軍備を撤廃して、その余力をかうした方面に使用してゐる。常備軍は楽隊だけである。その常備軍が昼になるとオスロー市の公園に来て名曲を吹奏してくれる。よい気持だ。
然し、いくら人種がよくとも人口が少なくては文化の単位さへ完全に結成出先ない。で、自然科学の研究ものなどでもノルウェーでは求めることが実に困難であった。しかしこの小さい国で、ノーベル賞のやうな世界的科学奨励の組織を持ってゐることは全く嬉しいことである。

スヰーデンの建築美

スカンヂナヴィヤでの大国はスヰーデンである。スヰーデンは、フィンランドを四〇〇年以上も属国にして居った。又ノルウェーを独立させたのは、一九〇五年のことである。恐らく世界でスヰーデン程戦争の好きな国民は無かったであらう。遂に今日では、平和主義の国となってしまった。
スヰーデンはノルウェーより景色は単調である。然し、人間の親切なことは世界一だらうと思うた。
スヰーデンの女と日本人が五〇〇組以上も紐育で結婚して居るのを見ると、何処かに東洋的な気持の大きな所があると見える。人口七〇〇万しかない国民だけれど、学問好きであることは、植物学を創設したリンネを出したことでも、よく解る。私はリンネの記念植物園を訪問したが、系統的に植物を分類して、植ゑ込んで居るその雑草園には、全く感心させられた。其処は、ストックホルムから約五〇哩、ウップスラ大学の近くにあった。私は、日本でも、これ位の程度の雑草園なら、十分組織的に経営出来ると思った。
私はリンネの家にも行って見た。其処に、百数十年前の日本画が、オランダから廻送されて来てゐるのを見て珍らしく思った。リンネは年四歳の時に、父から、花畑で遊ぶことを教へられて、世界一の植物学者になったと言ふ。その小さい植物園に降りて行って、私は感慨無量であった。其処はウップスラから約五哩、野原の真中にある一軒屋であったが、素朴な二階造りの家で、家の周囲はべにがらが塗ってあった。
スヰーデンは、昔から禁酒国であるし、最近はそれを変更して、節酒令といふものを出し、極少量の酒を飲まして居るが、さうしたことが、人物経済に影響して居るのか、建築の上にも、彫刻の上にも、非常に優れた芸術家が出てゐることを私は嬉しく思った。ストックホルムの芸術館を訪問してもスヰーデンでなければ見られぬ、或る独自性のものが発見せられて、私は嬉しかった。例へばゼルゲルの彫刻の如き、ロダン以上の美しさを持ってゐると私は思った。
殊に、屏風型になった、街路に画した建築の様式の如き、実に独創に富んで居て、新鮮な感じを与へるのみならず、北極に近い寒帯地方で、最大の光線を取入れる為めには、絶好の工作であると考へた。恐らく消費組合の発達から云っても、スヰーデン程、よくまとまった国はないであらう。しかも最近一〇年間に一人の人殺し、一人の強盗が無く、刑務所が博物館になったことを聞いて、私は、地上の天国であるやうな気がした。