少年平和読本(14)草むすかばね、みずく屍

  二度の世界大戦で三千万人、
    日本だけでも二百万人が戦死している
 光栄ある人類の大宣言

 「ユートピア」の作者モアは「戦争は畜類がするにふさわしい仕事だ。しかも、どんな畜類も、人間ほど戦争をするものはない」といい、そして「戦争で得らるる名誉ほど世に不名誉なものはまたとあるまい」といっている。人間同士がかみあい、殺し合う戦禍のきびしさには、モアのいうように、畜類たちも驚いていよう。畜類さえふるえあがる人間同士の戦争の惨害から、人類をすくい出すために、世界にさきがけて日本は戦争放棄を宣言した。つまり畜類をはなれ、光栄ある人類の名誉を回復したのだ。
 ロード・プライスは「われわれが戦争を破滅させなければ、戦争がわれわれをほろぼすだろう」といったが、われわれ日本人は人類を破滅からすくい出すために、戦争破滅の十字軍をおこしたのだ。そしてこの十字軍は、無戦世界の実現にむかって一歩をふみ出したのだから、たとえ戦争の脅威がせまっても、あくまで戦争放棄の旗印をまいてはならない。人類の救いのために、われわれは鉄砲一丁もたぬ丸腰のまま、地球の一角に立ちつづけねばならない。しかし、そんなにせねばならぬほど、戦争の害はひどいものなのであろうかと、あなたは聞くかもしれない。そういうあなたはまだ戦争の惨害についての認識がたりないのだ。具体的に、数字をあげてお話しよう。社会科のべんきょうのつもりで、がまんしてきいて下さい。

 戦争による物的損失

 英国のキッチナー元帥は「戦争に必要なものは三つのMだ」といった。Money 金とMatter(物)とそしてMan(人)だ。戦争はこの三つを百パーセント動員して、そして根こそぎこれを煙にしてしまうのである。まず世界大戦でどれほどの金がつかわれたか。
 第一次世界大戦にあとから参戦したアメリカのつかった軍費だけでも二百四十一億弗(ヨーロッパ諸国への貸付金を含む)にのぼるという。二百四十一億弗を現在の日本の円に換算すると七兆円をこえよう。アメリカだけでこれだから、もし連合国全体の、そして二次にわたる大戦の軍費をかぞえたらその何十倍何百倍にものぼることであろう。
 物資の損害にいたっては、ほとんど計算ができない。この物の損害は交戦国だけでなく、中立国にまでおよぶからである。イー・エル・ボルガートの「第一次世界戦争の直接及び間接の損失」によると
  公表された直接損失額        一八六〇億弗
  失われた生命の資本への換算額   六七一億弗
  中立国の損失額               二七億弗
  そ  の  他               九九三億弗
   合  計               三、五五二億弗
 三千五百億弗は現在の百五兆円で、これは第一次世界大戦だけの損失だが、第二世界大戦は物価高のため、損失高はそれこそ天文学的数字にのぼったにちがいない。

 太平洋戦争の日本の物的損失

 では、太平洋戦争で日本がこうむった物的損失はどのくらいにのぼっただろうか。それについては、昭和二十四年四月六日、経済安定本部が発表した総合報告があるからそれを読んでみよう。
 一、平和的国冨の被害・・・・・・昨年末の公 にして四兆二千四百五十億にのぼり、平和的国冨の四分の一をうしなったことになる。これは資本蓄積を年々の国民所得の十五%としても元にもどるのは十数年を要し、国民一人あたりの損失は五万三千円に当たる、被害総額のうち直接戦火によるものは三兆二千億で疎開やクズ化による間接的なものは約一兆である。このうち被害率の最大は船舶の八十一%、被害額の最大は建物の一兆四千四百億となっている。残った資産的国富の総額は昭和十年とほぼ同様の十二兆三千億で、このため昭和十一年以後蓄積された資産は全部失われた結果となった。
 二、艦艇、航空機の被害・・・・・・昨年末の 公 で二兆六千億になり、これに他の武器を加えればほぼ平和的国富の損害と同額に達する見込みである、評価には減りを考えず、残ったものはクズにされるものとして考えられている。
 三、工業生産設備の被害・・・・・・主要工業の空襲被害はひどく、企業整備、クズ鉄化などの能力のなくなったのや、消費材工業の被害は大きい。七兆にのぼる国富を煙とす

 つまり、太平洋戦争をおこしたばかりに、日本は国富の四分の一にあたる四兆二千億円と、艦艇や航空機の被害二兆六千億円と、合計七兆円を煙にしてしまったのだ。戦争のおよぼす物的損失のどんなに大きいかということがわかるだろう。戦争を放棄した日本人は今後はこうしたバカげた損失をくりかえすことなく、今まで戦争についやしてきた費用や物資を、平和と文化の方面にむけていけば、将来はきっとよくなるにちがいない。

 人間五千万人が殺しあった

 キッチナー元帥のいわゆる三つのMのうちマネーとマターの損失はこれくらいにして、次にマンについて話そう。まず戦争ともなれば、どのくらいの兵員が動員されるものか。第二次世界大戦についてはまだわからないが、第一次大戦中、ヨーロッパ各国が戦線に送った兵員の数は独、仏、英、露四カ国だけで七百師団、四千万人――青壮年の五割七分が戦場へ出たという。これにアメリカや日本などの兵員を加えたら、おそらくは五千万近くにもなるだろう。この五千万の壮丁が敵味方に分かれて鉄砲をうちあい、殺しあったのだ。なんというおそろしいことだろう。まったく地獄である。

 失われた千三百万人の生命

 その結果、おびただしい戦死者が出た。ボルガートの戦死者統計を見ると、第一次世界大戦で殺された兵士の数は一千二百九十九万五百七十一名。つまり、東京都の人口の四倍ぐらいの人間が、むざむざと生命をうばわれたのだ。かりに出征兵士を五千万人とすると、戦場にむかった兵士五人に一人の割で死んでいる計算だ。今度の第二次世界大戦の犠牲者はハッキリしないが、一千五百万人をこえていることはたしかだ。
               戦死者        行方不明者
   ドイツ       二、一○○、○○○   二、九○○、○○○
   アメリカ        二四八、一六一       四七、二二二
   イギリス       三三六、七七二       九八、一一三
   フランス       一五六、一九五         ?
   イタリー         七七、四九四      二一七、六四七
   ユーゴスラビヤ 一、六八五、〇〇〇         ?
   中華民国    一、三一九、〇〇七      一三〇、一二六
   日本       一、八五五、〇〇〇         ?
 このほかルーマニア、ギルシャの約八万、オランダの約七万をあわせると、戦死者は八百万人となり、行方不明の半数を死者とすると二百万人となって、ちょうど一千万人になるが、これにソ連の七百五十万人を加えると、一千七百五十万人となる。つまり、第一次および第二次大戦でそれぞれ千数百万人の戦死者を出したことになる。もちろん、これは戦闘員だけで、非戦闘員ははいっていない。ソ連の戦死者七百五十万人にはおどろく。また隣国中華民国の戦死者百三十二万人、行方不明十三万人、計百五十万人には、申しわけない気がする。

 太平洋戦争と日本の犠牲者

 それにしても、日本の戦死者百八十五万人というのには胸がいたむ。これには行方不明ははいっていない。百八十五万人といえば、大阪の人口が百万人、京都が八十七万人だから、大阪と京都の全人口が一朝にして全滅したと同じである。そして戦死者の三分の一が妻帯者だったとすれば、六十万人からの戦争未亡人ができたこととなり、また一人の戦死者に三人ずつの遺族があるとすると、六百万人の老いたる父母や、おさない遺児が、戦争の犠牲となって、今は亡き人をしのびつつ、あじけない日々をおくっていることになる。われわれは、これらの気のどくな戦争犠牲者たちへの親切をわすれてはならぬと同時に、二度とこの犠牲をくりかえさぬよう、平和を確保しなければ、これらの犠牲者にも申しわけがない。