傾ける大地-23
二十三
十二月の第二の木曜日の晩でゐった。木枯が浜の松を強く揺がせて、平面的に拡がった高砂の町には、宵の口から人通りも絶えてゐた。その晩祈時会の帰りに、英世は三上実彦と一緒になった。三上はつい愛子が明石の親戚に監禁せられてゐるといふことを、その地の医者から聞いたと英世に物語った。後にこんなことを加へた。
『何でも志田の周旋で、ある男爵の家とかに近い中に、嫁がされるとか云うてゐたが、どうもあの土肥の親父は解らんから仕方が無い』
屋根の上に霜が降りて、寒い空には月が浮ぼんやりと出てゐた。英世は三上のその言葉を開いて、別に昂奮した顔色も見せなかったが、何か決心する処があったと見えて、その晩家に帰ってから夜睡ずに、書ものをしてゐた。そして、翌朝俊子が、兄の
健康を気遣って、
『兄さん、そんなに御無理なすってもいゝんですか?』
と尋ねた時、英世は、
『近頃愛子さんから何か便りがあったか?』
と見当違ひの答をした。
『いゝえ、それに就いて兄さんに、少し申上げなければならない事があるのですけれど、あなたのお気に障ると悪いと思って、実は今日まで控へてゐたのです』
さう云ったなりで、俊子は、弁当を抱へて加古川の女学校へ教鞭を取る為に出て行ってしまった。十二月の十二日でゐった。差出人の書いてない一本の手紙が舞込んで来た。それには唯簡単にこれだけが記されてあった。
『ゆるして下さい。凡て涙です。私の心は神様のみが知っていらっしゃいます。
生ける屍 愛子』
紙は上等のピンク色で染ゐたパラピン紙を用ってあった。玉のやうに澄み切ってゐた英世の胸は、遽(には)かに低気圧の来襲を感じた。英世はその手紙をずたずたに引裂いて、庭の植込の中に投げ棄てゝしまった。然しまた気になると見えて、もう一度それを読返さうと跣足で拾ひに行った。引裂いた切れぎれの紙をまたつなぎ合せて読んでみたが、其処に書いててある文句の上から、新しい発見も別に出来なかった。彼は一種の奮激を感じた。
『矢張りブルジョアの娘はブルジョアなんだ。えい、腐るべきものは腐っちゃへ!』
さう彼は独言のやうに云ひ乍ら、青空を仰いで孤独の悲哀に泣いた。何だか青空を見つめてゐる中に、大地が深く掘下げられ、彼は地獄の方に吸込まれて行くやうに感じた。
それから二日日の朝だった。いつもの如く彼が朝早くから労作に従事してゐると、台所の方で父と俊子が愛子の噂をしてゐることに気が付いた。何でも今朝の新聞に、愛子と相手の華族の肖像が二つ竝んで出てゐるらしい。余程冷静を保って、今日の新聞は見まいと努力してみだけれども、嫉妬と云ふのか、奮激といふのか、彼は全く精神上の平衡を保つことが出来なかった。店に飛出して大阪新聞に新郎新婦の写真を探した。
『ある! ある!』
大きな写真が三面の上の隅っこに出てゐる。晴々した愛子の写真の下に卵形の枠に入れられた男爵正親町実世の写真が出てゐる。そして二段抜の大きな記事が二人の結婿に就いて賑やかに書立てられてある。
余り呪はしくなったので、英世はその新聞をずたずたに破ってしまった。そしてその日は人に顔を見られるのが恥かしいものだから、野原へ散歩に出ることにした。彼は加古川の相生橋を東に渡り、尾上の松から別府まで海岸を伝うて、松原の中で一日泣いて来ようと足を急がせた。彼は尾上の松原を南に通り抜け、海岸の砂地の上に坐り、強い西風に吹かれながら沖を見やった。
――恋人には棄てられ、外交官は免職せられ、健康には見離され、社会には誤解せられ、貧乏と不健康と憂鬱と疲労が、彼の最大の友人であることを考へると、さすがに意志を強く持って、凡ゆる社会の困難と戦はうと決心した英雄でも、その鋩鋒(ぼうぼう)を砕かれざるを得ない。
白い砂地の上に青い松林の緑が覗く。輝かしい太陽に、その乱れた顔面筋肉を窺はれるのが耻かしさに、英世は顔を俯せて、砂地の上に腹匍(は)ひになった。その儘生き埋にして呉れるとよいとも考へた。それで彼は乾いた砂で自ら全身を埋めてみた。頭の中で愛子と正親町男爵の結婚式の光景が、活動のフヰルムのやうに廻転する。
『あゝ呪はしい! 強く生きることは知ってゐても、呪はしいことは呪はしい。ほんとに女と云ふものは仕方のない奴だ。弱き者よお前の名は女だ、と云ふ言葉を知ってゐても、今日が今日の日まで、こんな裏切に逢うて悲しまうとは俺も知らなかった。万策は尽きた! 俺は死ぬか、生きるか、その二つの中の一つを選ばなくてはならない』
愛子の最後の手紙が目の前に現れて来る。『生ける屍、愛子』と云ふ文字が特別大きく目の前に映る。
『――それほどういふ意味なんだらう? まだ愛してくれてゐると云ふ意味なんだらうか、もう俺を見棄てたといふ意味なんだらうか? 生きた身体だけ自分にくれて、死んだ身体だけを向ふに渡すと云ふ意味なんだらうか? 何故愛子は私の胸に飛込んで来てくれなかったらう――あゝ俺は卑怯者だ、滝村は土肥の家に暴れ込んで行く勇気を持ってゐたけれども、俺にはその勇気が無い。あゝ愛子が恋しい、然しもう彼女は戻らない、永遠に彼女の魂は腐ってしまった。そして棄てられた俺も魂が心から腐って行くやうな気がする。もうあんな美しい女は俺を愛してくれないだらう。そしてこの肺病の俺を処女の気持で勇敢に愛してくれる女はさう多くないであらう。神の前に清浄を誓った俺だ、たとひ愛子が堕落して行っても俺は一層清浄の世界に昇って行かう。いや俺は極端から極端に走らうか? 俺を愛してくれる女があれば、娼妓でも、カフェの女でも、その女を愛子以上に愛したい。その女とこの浜で心中しょうか? 馬鹿な! 俺は矢張り迷うてゐる。こんな詰らぬ空想に耽るよりか、滝村の一族でも慰問してやらう――』
慌しく波は立上って、黒衣会の青年達が着てゐるやうな黒い法被に付いてゐる白い砂を振り落し、彼はまたとぼとぼ高砂町の方に引返した。そして荒井村の方に引越して、人の納屋に厄介になってゐる滝村の女房と子供を慰問することに決めた。
とぼとぼ往還を歩いて、荒井村の小さい小作人の納屋に住んでゐる滝村の一族を訪問した時はもう昼に近かった。英世は二十銭ばかりの饅頭を子供に買うて行くことを忘れなかった。村の裏筋の狭い通り道を立入って、便所の隣りに二間に三間許りの荒壁で塗った納屋があった。
前にも一度、英世は村田賢二と二人で二十円ばかりの金を持って、この小さい小屋を訪問したことがあった。その時に英世は無口な滝村の女房が二人の子を抱いて泣いてゐるのが、如何にも可哀想でならなかった。
滝村の細君は銅色をしたほんとに田舎の女らしい、如何にも頑健な然し牛のやうに柔和な女であった。無口ではあるけれども、素直で、物も碌々よう云はなかつたけれども、西洋の小説などには見ることが出来ないやうな、播州の平原に応はしい純日本風の女であった。
英世は繊弱なカフェの女などに比べて見て、斯うした女を見ることが如何にも愉快でならなかった。勿論彼女を持遊びにしようといふのではない。荒壁と藁仕事と彼女の皮膚の色がしっくり一つに調和してゐる。その土の香の豊かな生活そのものが、彼を何となく慰めるやうに考へられた。そこで彼はその記念すべき日を、この家で送らうと思ったのであった。
『今日は、お寒うございますなア』
さう云って、英世は納屋に這入って行った。西向きの薄暗い処で、滝村の女房のお高は、叺になる蓆を織ってゐた。杉本の姿を見るなり、椅子にしてゐる石炭箱を離れて、戸口の方に出て来た。そして重々しい口調で、叮嚀に挨拶をしながら英世に云うた。
『毎度有難うございます。先日は、いろいろ御世話になりました。皆様お変りもございませんか。ちっと御伺ひも致さねばならないのですけれども、何や彼やと取込んでゐまして失礼いたして居ります。まあ一服なして』
さう云って、お高は椅子にしてゐた石炭箱を取りに行った。そしてお茶を出すつもりか、窓によった小さい土で作った竈の下に火をつけた。
『構はないで下さいよ、お高さん、実はね、あなたがどんなにしてゐらっしゃるかと思ってね、今日は藁の一つでも打って上げようかと考へてやって来たのです』
『何仰しゃいますの、藁は宵に打っときますので、昼は織ること許りをして居るのでございます』
『子供さんは何処へ行ったんですか?』
『今の先其処いらに居りましたが、何処かで遊んでるんでございませう』
英世は石炭箱の椅子に腰を下し乍ら、
『幾ら儲けます? 叺も下ったので、織賃も近頃安いでせうなア?』
竈の下に白木を燻べる手を休めて、お高は杉本を顧みて云うた。
『一日に三十銭儲けようと思へばなかなかぢゃありませんわ。私などは手が遅いものですから、十時間も働き通しに働いて、やっとの事で一日に米一升も買へません。ほんとにえらうございますわ』
さう云ってゐる処へ、五つになる子と三つになる男の子と二人が、青鼻を垂らして帰って来た。
『おかん、何ぞ』
『お客さんにお辞儀したんで、もう御飯ですよ』
その時に英世は懐から、途中で買うて来た饅頭を兄息子の方に差出した。兄息子は物をも云はないで、饅頭の一つを口に投込んだ。
日に焼けて銅色に光ってゐるとは云へ、二つの頬を赤く林檎色に染めた、眼のぽっちりしたお高は、心持ち微笑を浮べて、長男の喜作を顧みて云うた。
『おや、お礼も云はないですぐおいやしするんで』
お高はお湯を沸かして番茶を英世にすゝめた。英世は藁を打つと云って、槌を借り藁を打ち出した。お高は恐縮して、その槌を取上げに来た。然し英世は勿論止めることをしなかった。
昼飯をすゝめられた。それで英世は喜んでそれを食べた。腹が減ってゐる時でもあり、お菜には鰯二匹と酸ばい香の物の切端であったけれども、心から感謝してそれを甘(うま)く食べた。
箸を運んでゐる中に英世は、斯うした簡単な農民生活の幸福を考へてみた。文化に煩はせられず、白粉もなく、香油の香も煩はしない、太陽色の日本娘に愛せられ乍ら、黄ばんだ藁の中に埋って、一生の間平和であることも、また幸なことであるとつくづくと考へた。
彼女を愛してゐるといふ為ではなく、彼女が最も原始的な日本娘のしなやかさと、親切を保存してゐると云ふ意味に於て、英世は彼女を抱〆めてやりたいと思ふ位であった。
昼過ぎであった。英世が汗だくだくになって、表で藁を打ってゐると、盛装したカフェの女給と考へてよい若い娘が、お高を訪問して来た。お高は脇目も振らずに蓆を織ってゐた。
納戸色のお召に格子模様の絣が飛びとびに入ってゐる、村には珍らしい着物を着て、白粉をべったり塗り、眉墨で西洋人のやうな格好をした眉を作り、眼のぐるりを赤く染めたこの娘は、お高の貧しい生活を憐れむかの如く、機の傍に突立って、
『えらいなア、わたい等、こんな仕事ようせえへんわ、お高さん、一日織ったら幾らになるの?』
『藁代と縄伏を引いて三十銭儲けようと思へば、朝から晩迄織らなければならないよ』
『えらいなア、うちらちょっとお酌したら、五十銭一円と云って。ポチを貰ふのになア、さうすると、女給は楽なもんやなア』
この娘は佐野けいと云って、裏隣の小作人の娘であるが、父は少し酒癖が悪いので、娘をカフェの女給に仕立てゝ、町へ出したのであった。昨日から法事で家に帰って来てゐるのであるが、遊びに行く所がないので、衣裳を見せたさに、盛装してお高の処へやって来たのである。あ高は脇目も振らずに織り続けたが、おけいは、
『この着物なア、旦那に買うて貰うたんやし、縫はして廿八円懸ったんやわ、いゝ柄やろ』
それから長襦袢のこと、帯のこと、下駄のこと、髪結賃の高いこと、収入の多いこと、気苦労すること、それから近頃の流行唄まで、ひとり語りに口実(くちま)めに話して聞かせた。始めは立ってゐたが、しまひには藁束の上に腰を掛けて、巻煙草な燻らせながら、呑気さうに語り続けた。表に英世が熱心に藁を打ってゐるものだから、
『あれは誰?』
と尋ねてゐる。
『あの方は、うちの人と一緒に此間中、姫路の監獄に入って居られた高砂の先生だんがな』
『先生って誰?』
『杉本の若旦那ですがいな』
『さう、風変りな人やと思ってゐた、あんたのレコ?』
さう云うて、おけいはをの小指を前に出した。
『何云ふの、今日初めて授けに来て下すったのよ、あんたら男の人を見たら、皆そんな風に考へるから不可んわ、あんたは仕様がない人ね』
『だって近頃は三角関係や四角関係が普通になったんだもの、恋愛は自由ぢゃないの』
『そんな難しいこと、私には少しも解らない』
英世は藁を打ち終って、表から中に這入って来た。
職業的に馴れたおけいは、
『えらうおまんな、肩が痛うおまっしゃろ』
煙草の灰を無雑作に落し乍ら、おけいは英世にさう云った。
『えらいことないことはないな、脇で見てゐるよりえらいな』
三人はどっと一緒に笑った。
『お高さん、私に織らしてみてくれんかい』
『若旦那織れますか?』
『まだ生れて一遍も織ったことないんぢゃが、これも一つの経験だから、一つ織らしてみて下さい』
『若旦那、あなたに織って貰ふといゝんですけれども、叺の等級が落ちますから、これは終ひまで私が織ってしまひませう。あなたはお織りなさりたければ、もう一つ機がありますから、別に準備して差上げませう』
お高は俊作がいつも織ってゐた機を取出して来た。そして俊作がまだ織りくさしの儘、棄てゝあるのを見て、
『若旦那、これがよろしゅおますわ、この機をお織りなさいませ』
お高は要領を英世に手を取って教へた。然しお高が藁を三度も通す中に、英社は一回も通すことが出来なかっだ。おけいはそれを見て笑った。然し、五六回それを繰返してゐる中に英世はすぐ要領を会得した。
今度は打下す梭(ひ)の呼吸が判らない。余り強く打っと、藁が多く要って割が合はなくなると云ふし、余り柔く打つと、目が空いて検査に及第しないと、お高が教へてくれるものだから、その呼吸が実に難しいと思った。然しそれも二十回三十回と度数を重ねる度毎に、英世は上手になった。速力もさうお高に負けない程早く、手配りが巧いことやれるやうになった。
日が西に傾いて、納屋の隅迄黄ばんだ冬の太陽が光線を投入れてくれるものだから、小さい荒壁の小屋にも、何だか晴々した気持が漲った。英世が調子よくやるので、おけいは疳高い声で云うた。
『まあ、すぐ上手になられたわ、あれやったらもう一人前ゃなア、お高さん』
俊作の織残して行った蓆を一枚片付けて、英世は其処を辞し去ることにした。彼は、子供への心付けと云って一円の金を紙に包んでお高に渡した。そして荒井村の荒壁の納屋を辞し去った。
まるで生れ変ったやうな気持になって、元気よく船大工町の家に帰って行くと、父も妹も皆彼の元気な顔を見て喜んでくれた。その晩、三上からの呼出しの電話が掛って来た。何の事だと思って行ってみると、夕刊を示して、加古郡選出の県会議員原田宗一郎と云ふ人が病死したので、早速補欠選挙をやらなくちゃならんが、君は立候補する意志はないかと云ふことであった。
『吾々の方では是非、君のやうな立派な人に立候補して貰はんと困るんだ。加古郡には立派な人物も無く、君の知ってゐるやうな態いたらくになってゐるので、・・・君にとっては如何にも詰らないかも知れないが、其処には農民組合の固定票もあるし、高砂町の青年団も応援するだらうし、公民会の一派に反感を持ってゐる連中は、皆君を支持すると思ふから、是非出馬願ひたいものだ』
と云ふ挨拶であった。
『一晩よくまあ寝て考へてみますよ』
英世はさう答へたが、三上はそれを遮って、
『実はね、今日土地の青年団の有志と、黒衣会の幹部連と、農民組合の幹部などにも寄って貰って、もう君を推薦することに決めたのだがね。公民会の連中がまだ策動しない前に、やっておかんと駄目だと思ふものだから、是非賛成を願ひたいんです』
さう云った言葉を、英世は無下に断ることも出来ずに、
『ぢゃア、自由にして下さい。僕は選挙費も何も無いから、演説して廻る位のことはやりませう』
『選挙費のことは別に心配しなくても、法定の金額が三千四百円を上ることが出来ないのだし、青年団の幹部が、君が立ってくれるのであれば、一人当り一円宛寄附しようと云って居るし、農民相合でも労働組合でも相当に寄附を集めようと云って居るから、存外金は要らずに済むだらうと思ふんです。足らない所は私が皆負担することにして、何云っても此方は加古郡全体となれば、二町十六ケ村に有力な地盤を持ってゐるのだから、さう無理をしないでも、相当の見込みはあると思ふんです』
と三上は、顎髯をしごいて云った。後から榎本もやって来たが、矢張り同じ事を云うた。
『吾々はあなたに対する雪辱戦としてでも、是非今度は戦はして貰ひたいんです』
英世は三上の腹の中がよく見えた。三上は愛子の事に就いて一言半句口には出さなかったけれども、英世にその煩悶を忘れさせようと思って、彼が荒井村に行ってゐる留守の中にらゃんと陣立をしてしまったものらしい。英世も斯うした親切な友人を持ったととを、心から感謝せずには居られなかった。
『県会の次は衆議院ですよ。県会議員で練習しておけば、衆議院は存外楽です。然し君はまだ衆議院議員の資格はないから、まだ、二三年は県会議員で辛抱して貰はなければならぬ』
『さうでしたね、衆議院議員は満三十歳からでしたね』
『鴨を貰ったんで、晩飯を一緒に食ひませんか?』
さう云って三上はすき焼の準備をした。英世はその心配りのよいのに感心して、唯々三上に感謝するのみだった。手配りがしてあったと見えて、三上の家の晩餐会に集る者は、榎本や倉地ばかりではなかった。
農民組合の初田、高砂青年団団長をしてゐる高砂尋常高等小学校長岩本光顕、高砂労働組合常任書記藤本達一、新聞記者生方正之進、それに少数派の闘士大友良知、河上市太郎などが招待せられてあった。之等の人々が三上の宅の表の十畳の間で二組になって、鴨のすき焼の鍋をつゝいた。そして過去の選挙に就いての面白い話がいろいろ出た。選挙委員の顔触までが、略々その晩決定した。
『有権者総放が約一万二千として、棄権者がその中の三割だとみると、投票する者がざっと八千四五百かなア、立候補するをが約三人あるとして、三千五百を一人が取ると先づ確だね。そしてこの前の例を見ても、農民組合員一人に就き、散票が約五割位集め得られるものとすれば、当選するのはさう困難ではないね』
福寿草のやうな長い頭をした大友良知は、そんな楽天的な計算をした。それから皆で、公民会の最近の専横振りの浚(さら)ひをした。
『いよいよ水道も私営でやることに決定したといふではありませんか』
小学校長の岩本は、三上を顧てさう云うた。
『仕方ありませんなア』
校長は尚も言葉を続けて、
『電車も加古川と高砂の間に架るやうになったさうですね。愈々土肥謙次郎氏がその権利を貰ったさうですよ』
『志田が巧いことしょったんやな』
大友は長い頭を撫でながらさう云った。
『それは誰がさう云ひましたか?』
三上は折返して山本に尋ねた。
『今日例の細見徹君が学校に来てさう云ってゐましたよ』
それから雑穀商の倉地一二は、日本興信所の日報からいろいろ面白い話を皆にして聞かせた。内閣総理大臣中田秀一のこと、三百万円の事件を生んで謳はれた神戸の吝ン坊、辰巳新次郎が貴族院議員にして貰ふ代りに、今度東京砲兵工廠跡を坪五十円にも足らぬ安い金で、全部引受ける約束が成立したこと、そして辰巳はお蔭で幾千万円か儲けさして貰ったこと、憲友系の久野商事株式会社が愈々破産の瀬戸際に立ってゐたものを、鶴の一声で助けられ、お蔭様で株が暴騰し始めたこと、それから磯部川水電事件と各政党の関係に就いて、興信所の報ずる凡ての秘密を、皆に聞かせた。
話が面白いので、一同は殆ど箸を休めて彼の言葉に耳を傾けた。政務次官が勝手に印を捺して、農林次官の知らない中に、磯部川の水利権を日本アルミナムにやった話、その為に知事も内務部長も、土木課長も皆収賄してゐるといふ嫌疑で、取調を受けてゐると云ふ噂を皆のものにしたので、一同は驚愕の眼を瞠(みは)って聞いた。
血に燃ゆるやうな倉地の口吻に並居る面々は皆、切歯扼腕して、政界の腐敗を痛嘆した。新しく栓を抜かれたサイダーがコップにつがれた。三上は泡立ってゐるサイダーのコップを上に捧げて、
『戦ひを前にして、我等は先づ、杉本英世君を祝福しようぢゃありませんか』
同志達は軽く杯を互に打合せた。みなにこにこ笑った。賢こさうな眼をした倉地は云うた。
『我々の戦は、一加古川郡の問題だけではありませんよ。それは日本の問題です。我等はこの日本の堕落した政界を革新する必要があるのです、御互に確かりやらうぢゃありませんか』
手ぬかりの無い生方正之進は、その晩の情勢をすぐ新聞に書立てた。それでさすがの公民派の一派も余り、手廻しのよいのに驚いてしまった。