傾ける大地-24
二十四
農民組合の初田伊之助は、各支部と連絡をとる為に走り廻った。高砂労働組合の常任書記藤本達一は全郡に散ばってゐる。算盤工組合を訪問して廻った。青年団の幹部会は倉地を中心にして開かれた。漁業組合との交渉は榎本が受持った。
そして暮近い十二月廿日の日にはちゃんと、三千票に近い固定票が完全に握り〆められることになった。もう今年も後六日しかないと数へられたクリスマスの日に、兵庫県加古郡の北海道と云はれる母里村に、算盤工組合の労働争議が勃発した。そして農民組合に応援を求めに来た。
農民組合はまた、角丸の浜で働いてゐた杉本英世を呼びに来た。それで杉本英世はすぐ自転車に乗って、三里許り離れた母里村に飛んで行った。労働争議と云ってもさう大して大きなものではなかった。
翌年度の賃銀協定をするに就いて、問屋筋と職工の間に折合がつかなかったのであった。職工側が現状維持を主張するに対して、問屋筋は不景気を口実に五分引を主張した。それで職工側は示威的に大演説会を開いた。その演説会の弁士として杉本英世が招待されたのであった。その演説の中で、杉本は英国に於ける消費組合の進歩を話して、
『生産者側と消費者側が直接に取引をすれば、こんな問題は起らないのだ。だから農民組合と直接取引をするやうにして、問屋を抜かしてしまふやうにすれば、斯うした問題は決して起らないので、さうすることに依って却って算盤の需要額も決定し、景気不景気が無くなり、理想的社会を作ることが出来るのである。我等の組合は斯うした生産者組合と消費者組合の融合によって、理想的社会を打建てるにある。私はさうした運動の為に喜んで諸君の僕として働くことをお誓ひする!』
其処には高砂署の高等刑事尾関が、県の特高課の労働掛である久野巳之助に連れられて出張してゐた。演説会が済んで後、算盤工の幹部は、杉本に夕飯を食ってくれと、村の小さい料理店に彼を連れて行った。其処に居たものは、高瀬源古、栗林陽一、伊藤健三の三人であった。皆村の年寄株で、世間のことは少しも知らない、ほんとのお人好の部類に属する人々であった。食事を共にしてゐる間に補欠選挙の話が出た。高瀬は大声で杉本英世に云うた。
『今度は愈々補欠選挙に出られるさうですなア、此の間藤本君から案内を受けましたので、吾々の方でも皆大いにやらうと云って力んどるんです』
さう云つて盃を杉本英世に差出した。杉本はその盃を断り乍ら、
『私は宗旨の関係で酒がいけませんのでなア、折角ですが勘弁して下さい・・・まだ告知があった訳ではありませんから、立候補の届出を出したといふ訳ではないのですが、まあよろしく御願ひしますわい』
さう云って軽く英世は盃を外し、すぐ箸を執って吸物の蓋を取った。便所から帰って来た伊藤健三は吃驚したやうな眼附をして小声で高瀬に囁いた。
『嫌な奴が隣に居るぜ、県の特高課の久野と、高砂署の尾関がちゃんと隣の部屋に陣取ってゐるよ、話に気をつけん、といかんぜ』
『スパイかい?、いつでもあんな意地悪するんぢゃ・・・よし! よし!』
暮の廿七日に補欠選手の告知があったそして投票日は愈々一月廿日と決定した。その日兵庫県庁に立候補の届出をした者は、憲友派の高島頼之、民憲派の大谷真造、消防組合長の水野繁太郎と、無産者を代表する杉本英世の四人であった。愈々戦の火蓋は切られた。杉本英世の選挙事務長は榎本定助自らが当ることゝなった。そして選挙事務員には、黒衣会から八名、農民組合から五名、高砂労働組合から二名、合計十五名の者が届出られた。