平和手段による搾取なき世界の創造

平和手段による搾取なき世界の創造
  人間的社会科学を基礎として

 真の科学的社会主義世界の創造は、暴力によらざる世界の組織構造を発明せねばならない。今日、米国とカナダの間に戦争はない。しかし、資本主義社会に於ける搾取の組織は残っている。この搾収組織が残る間、戦争は起るであろう。

 然し、マルクス主義が、科学的社会主義を主張しながら、暴力革命の必要を説くならば科学を信用していないと云えよう。暴力を必要とせずして、電燈はとぼり、飛行機は飛ぶ。暴力を必要とする社会革命は、永遠に暴力を脱却し得ないであろう。

 社会構造は、暴力を必要としない「必要性」を根底としなければならない。この「必要性」は新しい社会法則を要求する。では、無暴力社会の創造の根本的社会法則は、どんな形のものであるか。

 それは全意識的、連帯意識を基礎としたもので無ければならぬ。

 しかし、全世界の人々が、全意識に目醒め連帯意識につながることは云うことは易くして、実現は困難である。そこで、殺生禁断の釈迦の教訓や、贖罪愛を教ゆるキリストの意識運動が説かるゝ理由である。

 だが、之を経済的に、社会的に組立てて行く運動を、目醍めたる人々が、おくれている人々のために組織化しなければならない。そこに新しい社会科学の発明が要求せられる。

 協同組合の原則は、①利益の払戻(非搾取)②人格的経済組織((唯物資本主義の改造)③産業民主主義(権力集中排除)④教育民主(意識啓発主義)の四原則を持っている。で、それは唯物資本主義の病根を治癒するに最も適当なる組織綱領を持っていると云わねばならぬ。

 更に、統制経済の領域からはみ出して計劃経済に移る場合、国家社会主義の如く軍隊的命令だけでなく互助意識の目醒めなくしては統制経済と計劃経済両者を兼ね備えた世界組織を持つことは出来ないことがよくわかる。

 更に、意識の目醒めの遅れた幼年者、或は文化水準の遅れた後進国に対する教育的要素を多分に含んだ社会政策には、人道主義的要素を持たないでは辛抱強く社会主義運動を継続することはできない。ここに協同組合社会主義の必要があるわけである。

  国際的福祉社会の実現

 もし、後進国を導き、戦争や征服によらず互助友愛の精神により、協同一致の世界を実現しようとすれば、国際的福祉社会の実現を目標として進まなければならない。その為めの資本は如何にして求めるか? そのためには国際的社会保険制度が組織されるならば、幸福であると思う。

 火災保険の組織は、国境を越えて資本主義的にのびて行く。然し、健康保険制度、生命保険制度が、国際的に伸長すれば戦争は馬鹿らしくて出来なくなるであろう。

 もし、戦争が起れば、保険金を支払はないと云うのであれば、そのような組織は国境を越えて拡大して行くことは出来ないであろう。

 もし。国際的養老年金制度、国際的疾病保険制度、国際的生命保険、国際的妊婦保険等が、協同組合的に組織出来たとすれば、戦争は国際間に無くなると考えねばならない。

 スイスのベルン市に本部を持つドイツ系ライファイゼン式生命保険協同組合は国境を越えて、西ドイツに伸びている。ナチス時代ヒットラーが、ライファイゼン信用組合及生命保険組合の積立金を占領することを怖れて、その組合はスイスへ逃げ出したのであった。

 之はスイスが中立国であるためでもあった。私は、スエーデンのライファイゼン式生命保険組合が、フィンランドの協同組合運動を応援していることを見て、感心した。

 ライファイゼン式生命保険組合の積立金を以って、スエーデンは精密工業の生産に進出し、利益を払戻す非搾取的方針を以って、フィンランド、ノルウエー、デンマークスコットランド(英国)に電球の輸出を協同組合貿易を通じて断行している。

 私は、この種の貿易も非常に優れたものであり、平和建設のために必要な条件であると考えるけれども、その貿易の根底をなすものに生命保険協同組合組織のあることを忘れてはならぬと思う。

  国際的生命共済組織の可能性

 日本の農村協同組合の間に最近、著しく生命共済制度が発達した。日本の農村共済は、来る可き五年間に、五千億円の契約高を獲得し、積立金を一千億円まで延ばそうと計劃している。そして、之は決して不可能では無いと考えられている。

 もし、世界の先進国が、この生命共済組織を世界に拡大し、その積立金を用いて、後進国の産業開発に力を注ぎ、世界列国の死亡率の減退、伝染病の絶滅、乳児死亡率の減少運動に力を注ぐようになったならば、世界に国際戦争の起る可能性は減少すると思う。

  衣食住の諸問題

 もし世界に散在する八十四個の主権国家がその軍事費の一割を節約して後進国の食糧増産に消費すれば、侵略主義の心配はいらなくなると思う。

 私は、土中バクテリアの肥料を利用して大阪府和泉地方の農民が一反当二十五万円を生産していることを大阪府立農業短期大学足立学長から教えられたことがある。で私はマルクス理論と云うものを絶対的な法則とは信じない。海水中のプランクトン、また淡水産クロレラを増産する工夫さえすれば、一日五十倍の蛋白質及脂肪の増産はさして困難でない。

 私は東京目白の徳川義親氏の生物研究所の田宮博士から同研究所で増産計劃を立てているクロレラを分与されて、その美味なことに驚いた。これが一日五十倍に増殖されるとすれば、人類の食料問題は悲観すべきでないと思った。

 鯨や、海水中の魚族の多くは一日に数十倍に増殖する浮遊生物を食用としている。だからもし、人間が直接それらのプランクトンを常用とする工夫を知れば食料の心配は無くなる。

 衣服に就ても同様である。高分子化学の発達により化学繊維の進歩が長足の進歩をして来た以上、珪素、石灰の繊維(せんい)を衣服として使用すれば、昔の如く、羊毛や、綿類の増産を気にする心配はなくなる。
 住宅問題も同様である。火山灰や、沙漠の石灰岩や、砂礫を住宅化する時代が来た以上、人類が苦痛にしていた木材の心配も余程削減した。

 そこで、衣食住の外に衛生問題を解決して行く必要がある。

 私は一九五三年ブラジル国アマゾン河地帯を視察する機会を得た。そして今日の医学進歩により、赤道直下に於て蚊張をつらずに寝ることが出来るようになったことを見て驚いてしまった。かくの如く国際的に共済組織が発達すれば、搾取を離れて、互助友愛の精神を以つて、先進国が後進国のために、下座奉仕の人道的精神さえ持てば、国際的協同組合組織によって、世界平和の曙が近づいてくると思う。

  世界平和の曙

 或人は野蛮人が、世界的自覚を持たないのだから、蛮界に捨てて置けばよいと云うかも知れない。しかし、私はそうは思わない。一例を癩病に取って考えて見よう。三十年前約三万人位癩病患者が日本にいると考えられていた。それが、今日では僅か一万三千人位に減少してしまった。「DDS」プロミゾールと呼ばれる飲み薬プロミンと呼ばれる注射薬によって、初期の患者は全快して毎年百名近くの患者が国立病院を退院するようになった。ところが、英国の如き無癩国でも最近、熱帯地方から引揚げてくる人々が多くなると、現今百七十五名位の癩病患者を政府が世話せねばならぬことになったと云うことである。フランスは更に多く、一九五六年現在で約干名近くのものが熱帯地方の属領から引揚げて来ているとのことである。イタリーも約三百五十名の癩病患者を保護していると最近彼地の癩病問題を視察して帰られた東京都下村山全生病院院長林芳信博士が報告せられていた。フランスの救癩協会の報告によると、全世界には約千二百万人位の癩病患者が困窮しているとのことである。

 飛行機が発達し、ジェット機が進歩して世界が日一日狭くなる以上、これらの伝染病患者を国際的生命共済組織によって、救済してあげることは、結局自己の幸福の為めである。

 アフリカの資源を開発して儲けている欧米諸国は、利益払戻の原則に従って、その資金によって、アフリカの原住民の為めに教育施設を設備し、食衣住の増産を助け、健康保険設備を完備してあげて決して損はしないと思う。

  社会科学は唯物弁証法のみによらない

 今日共産主義国家が暴力革命を主張し、世界の革命戦争を唱導する理由は主として、資本主義的搾取より解放したいと云う要求からである。でもし、利益払戻、産業民主、人格主義経済、教育民主の四原則に従い、世界の先進国が、後進国を殖民地扱いせず、互助友愛の人道主義に基づき国際的生命共済制度をしき、弱者貧民を自己と同等の地位にまで引上げて行く努力をすれば、今日、アフリカに起っている問題はなくなると思う。

 アジアの植民地的色彩は太平洋戦争の結果払拭された。もし、この後独立したアジア諸国が互に闘争を中止し、互助友愛の精神に基づき、アジアに於ては国際的生命共済組合を組織し、世界協同体の精神に目醒めることが出来るならば、遅れたアジアが却って、ヨーロッパより先に平和問題を解決しうるであろうと私は考える。  (一九五六年七月号)