ヴェルナドスキーの岩石理論 

 「岩石の聖書」というべきものをヴェルナドスキー(W. J. Vernadsky)が書いている。
 彼はかつてはロシアのモスクワ大学の鉱物学の教授であったが、一九一七年の革命当時、ロシアより追われ、パリのソルボンヌ大学で、地球化学の講師をしていたこともあった。

 彼の名著『地球化学』は、東北大学教授高橋純一博士の日本訳もある。この『地球化学』の一書は「岩石の福音書」といってさしつかえはないものであろう。ヴェルナドスキーは、宇宙全体の高所より、地殼を構成する岩石を数量的に計算している。

 そして彼は地殻を構成する岩石が、生命そのものに同化していく深さを計量して、宇宙が「偶然の所産に非ずして、大自然を支配する秩序の生成物である」(ヴェルナドスキー著、高橋純一訳『地球化学』四四四ページ参照)と結論を与えているのである。

 ヴェルナドスキーは、まず岩石を組織する元素を六種類に分類し、(I)貴瓦斯類、(2)貴金属類、(3)循環元素類、(4)分散元素類、(5)強放射能元素類、(6)希土元素類としている。そのうち彼は元素類の約半分に達する循環元素類がすべて偶数の原子番号をもつこと、最も活発に活動するものは四で割り切れるものであることに注意している。(同上二二三ページ参照)

 ヴェルナドスキーはさらに、表面岩石の九九・七パーセントは、循環元素によって構成されたものであり、分散系のものはわずかに三パーセントにしかすぎぬことを指摘している。そしてこの循環系の四十数種類のものは、生物体に集中して存在し、生物の死滅後そのあるものはまた表面岩石として残存するものであるとしている。

 すなわち今日のマンガン鉱脈も、ある種の鉄鉱も、石灰岩、燐鉱(りんこう)ヴナジウム鉱も、みな微生物の死体より化成したものであることを指摘しているのである。そして彼はいう「表面岩石と生物の和の総量とは常に相等しい」と。(同上二二三ページ参照)

 循環元素の恒数性 ヴェルナドスキーは、十九世紀流行した地殼の冷却を信じている。(同書四四二ページ)そして地殼を作成している循環元素はすべて地球が生成した日より恒数性を保っていると科学的に考えている。すなわち、地殻の約七〇パーセントを占むる酸素、珪素、鉄、アルミニウムなどはもちろんのこと、海水も、炭素も、否、循環系の約四十八種の元素は、地殼において同一量を維持していることを確信している。

 その結果、これらの組成する岩石より構造せられたる生物質もまた、原始時代より今日にいたるまで量において同一量であることを、彼は主張する。(同書三一三ページ参照)
 ヴェルナドスキーは、珪素およびアルミニウムの生成する無水珪礬(けいばん)質が、不変的性質を帯びるいわゆるカオリン核を形成することを発見したことにおいて、地球化学に一大貢献をしたわけであるが、
彼は、カオリン核が
   Al2Si2O7
分子式をもち、これが変転して無水珪礬岩を組成する場合には
   Al2Si2+2nO7+2n
分子式として発展することを証明している。地殼の約六割を占むる長石はAl2Si2O15の分子式をもっていることをも彼は指示する。また彼は、環状をなす分子は、生物質の分解力がなければ容易に破壊できないと信じ、カオリン核は左の形をもっているとする。

 この環状カオリン核がもつ吸熱作用は、地球歴史に絶大なる影響を与え、地殼が今日の如き熱力学的安定性を保ち得ることの主要素は、このカオリン核を中心として発展した珪礬岩層に負うところが大であると考えている。すなわち、いわゆるスエズ博士(Hans Sues)のシ・アル層(Si-al層すなわち珪素アルミの合成層)は地球中心部の比較的重い部分の上に浮いていて、しかも吸熱作用をもっているために、灼熱の溶岩の上に熱平衡を保って、生物が安住できる場所を提供しているのである。

 この驚くべき機構は、さらに、水や炭酸ガス等、生物に必要な物体と珪礬質の関係を調べるといっそうおもしろくなる。ヴェルナドスキーは珪礬質の岩石およびコロイドが、絶対に水と化合せぬことを注意し、水の総量が、地球上において常に一定であり、海水も一定であることを、スエズのように再びわれらに注意している。

 しかし、彼はある論者のように、海水と原始動物が同一質のものであることを信じない。彼はあくまで「生物の生命は生命から出る」というレデーの原則を確信し、生物質がもつ、原子集中は、海水中における原子分散程度のものとは非常に差異があることを指摘する。(同書三二二ページ参照)
  生物質による諸元素の集中(海水に対して)
F, B, K, S………………N×101
I, .Fe……………………N×102
As, Si, P ………………N×103
Cu, Ca, …………………N×104
Zn,………………………N×105
 彼はNa、C、 Mgの濃集は認められないとしている。
 炭酸ガスに対する珪礬質の吸収力が実に絶大なることをヴェルナドスキーは、われらに注意し、土は呼吸すると考えている。海水および淡水が、炭酸ガスを溶解することをもあわせて考えてヴェルナドスキーは炭酸ガスのような植物に必要なガスを大自然が完全に調節していることに注意し、大自然の調節に生物を通しての調節に等しいとまで記述している。(同善一五三ページ三三四ページ参照)すなわち珪酸は炭酸ガスを驚くほど浄化し、地下百メートルのカオリン粘土は、全大気中の約四倍半の炭酸ガスを吸収し、その反対に火山の爆発によって炭酸ガスを空中に送還すらことを彼は記載している。旧火山の噴火ガスはほとんど九七パーセント近くまで、炭酸ガスである。新火山もそれに近いパーセントをもつことを彼はわれわれに教えている。

 かく珪礬岩石は水に対して排斥的で、炭酸ガスに対しては親和的な選択性をもつ以上、そこにある種の合目的性をもつことは否定できないのであり、それは生命に対する安住地を開拓する使命をもっていると彼は信ずる。(一三八ページ注参照)

 珪素の循環と岩石の歴史 生物に必要な、水と炭酸ガス珪素系の岩石は右のような関係をもっているが、その地殼における循環をヴェルナドスキーは次のように述べている。

「地表における生物は、珪酸の擬溶液状の水溶液、すなわちゾル状の珪素原子を絶えず吸収する。生物細胞の原形質が石英および蛋白石の微粒子を微量に溶解することさえ確かめられている。

 ある種の生物はまた固体粘土の安定なるカオリン核を破壊する機能を有し、珪素原子を吸収する。また生物の所産なる無水炭酸および水の作用によりまた生物自身の生活作用により、珪素は膠状に集中し、あるいは蛋白石となり、あるいは結晶して石英を生じ、あるいは水中にはいって擬溶液となり、さらに膠状土壌、含水珪酸苦土、粘土、カオリン核を有する遊離酸等を生成する。含水珪酸苦土はまた生物化学作用により、カオリン核の破壊により珪酸から分離解放されたる礬土を吸収する」

 地質時代の経過に伴い、これらの珪酸物は変成圏に移される。そして含水珪酸苦土は蛇紋(じやもん)石、滑石、類緑泥石、緑泥石となり、最後には輝石、角閃石(かくせんせき)類に変成する。他方においてカオリン核粘土は、原始の状態に復帰し、雲母、長石を生ずる。しかし、時にはそのカオリン核は破壊せられて珪質不詳の鉱物と石英を生ずる。そして蛋白石は結晶の石英に変化する。変成層の深部においては、高温高圧下における水溶液の作用によりカオリン核礬土珪酸鉱物が合成される。そしてこれは溶融せる岩漿(がんしよう)中において大規模に行われる。かくして太陽エネルギーに岩漿の力をかりて、地殻の主要部分を占むる珪素の循環は永逮に継続する」(ヴェルナドスキー著高橋純一訳『地球化学』一九三―四ページ参照)

 岩石は生きている ヴェルナドスキーの『地球化学』を読む者は、岩石がその循環性と活性物質により。生き生きしていることに気がつくであろう。彼はソ連レニングラード生物地球化学の研究室を主宰していたというから、地殼岩石と生物との関係については、実に明確なる知識をもっている。

 彼はアフリカより紅海を越えてアラビアに飛ぶ直翅(ちよくし)類の総量が巨額の重量に達し、4.40×107キログラムに及び、五、九六七平方キロの面積をおおったと報告した英国の博物学者カルーサーの記録を再録し、これは十九世紀中、百年間に採掘精練された銅、鉄、亜鉛の総量4.47×107に相当すると記載している。(同書六一ページ参照)

 その他、彼は微細生物の生命力の旺盛なることに注意し、コレラ菌は音波の速力をもって増殖し、珪藻はなんらの障害なき場合八日間に地球の全容積に等しくなり、滴虫の一種パラメシウムは五日間に地球の105倍の容積となることに注意している。

 そして彼は生物質が地殼変動のよき調節者であることに注意している。またそれと同時に、大自然そのものが、生命力とほとんど同じ調節力をもっていることも、彼は忘れない。こうした見地から彼はロレンス・ヘンダーソン(L. Henderson)とともに、新しい目的論的立場より地球化学を説明せんとしいてる。

 新しい目的論 ヴェルナドスキーはへンダーソンの思想を次のように理解する。
「――近年米国の生理学者ヘンダーソンによって明確かつ徹底的に表示された、興味ある思想はいまや生物界の通年を覆すの観がある。彼は単に水の生物に対する密接なる関係を指摘するにとどまらず、他の幾多の化合物中にあっても、水が独特の地位を占むることを示した。実に水はその物理的、化学的性質により、生物の生存に対するきわめて重要なる固有成分というべきである。

 他のいかなる化学成分といえども、その生物に対する関係において、とうてい水に比肩しうるものなく、水のみがその性質によって、宿命的に生物に結びつけられるものである」
 この思想は、十九世紀の前半に行われたる昔の目的論的思想の新しき形式において再生せるものとみることができる。目的論思想とは万有自然界の総合的調和を意味し、宇宙万有の秩序は単なる偶然にあらずとなすものである。
 ここにヘンダーソンの一節を引用すれば、

「――世界においては、現代の科学が示すように生物は水をその最も重要なる要素としてあらかじめ生物のために造られた環境に生き、かつ全くこれに適応するものである。――水自身も、その宇宙進化によって生じたように、生命のあらゆる現象に適能し、しかもその適能性は、生物がその進化の道程によって獲得したる適能性に比し、なんら見劣りしない重婆な意義をもっている。――」

 以上は目的論といわんよりむしろ経験的理論であり、生命の研究および理解に対する重要なる事実である。地殻は単なるその材料の乱雑なる集塊ではなく、複雑ではあるが、規則正しい撰択機構を有することを証示する。
「生命現象の作用は、地殻と密接なる関係をもち、その根源は単に長年行われてきた生物繁栄現象のみならず、地殼自身の地質的発達現象にこれを求むべきものであろう。そしてその根源は最近においては、地殻の原子組成に求められるにいたった」(同書一四一―二ページ参照)

 かくヴェルナドスキーは地球化学を通して、地球を形成する岩石が生命そのものと密接なる関係をもっているいることをわれらに教え、生命に対して岩石のもつ合目的性を新しい内容をもって教えてくれるのである。
 〔注〕火山の効用 わが地球においては一平方マイルにある窒素
 の量は火星全体の窒素の量の四十倍あるのだ。もう一つの最も重
 要な植物の食物はわが地球の火山が地上の植物に与えてくれる二
 酸化炭素である。もしこの二酸化炭素の供給が、わが地球の植物
 に絶えるならば、わが植物界は全滅し、その結果は地球上におけ
 る人類および動物生存の終わりとなるに相違ないのである。火星は
 わが地球よりも年齢が古く、また現在においては火山の活動はあま
 りないことは明らかである。その時は二酸化炭素は非常に必要で
 なければならない。(『ユースコンパニオン』一九一三年九一号六
 三九ページ。ピカリング著『火星』一〇―一一ページ)