黎明13 青葉の感化

  青葉の感化

 四月の花が散って後、花より美しいものは森の青葉であった。青葉が花より美しいといっても、人々は私を信用しないかも知れない。しかし、桜の葉一枚を眺めると、さほど美しいとは思はないが、無花米、青木、八ツ手、欅、櫟、胡桃、桧、竹、枢(やまにれ)、楓などの、形も枝振りも葉序も異ってゐる様々の森の姿を眺めてゐると、その美しさに吸ひ込まれさうになる。
 その下草には。心臓型のどくだみや、赤ん坊の涎懸のやうな蕗の葉、さては、レースのやうに透いて見える十二単衣の奥床しい姿や、また大きな幹の傍に立ってゐる茅、薄の葉、さては禾本科の細長い雀の鉄砲の葉が作る抛物線の美までが、私をこの上なく慰めてくれる。私は毒々しいアメリカ流の活動写真よりか、幾千万年前から植物のこの静かなるペーヂェントの方に気を惹かれる。
 植物に心がなくとも、あれだけにまで、千差万別の粉飾をなし得るその心掛けに対して、私は、無心のその奥の神秘の世界に、つい釣り込まれてゆく。