黎明55 

  クリスマス・カロル

 雪が降る! 真白い雪が降る! 野山に、河に、雪が降る! 醜い荒地ははみな蔽はれた。風が吹く、寒い冷たい北風が! 魂の髄まで凍ってしまふ。蛙も蛇も穴の底に潜り、梢の葉もみな落ちてしまった。小鳥も餌をあさるために雪の底をほじくる。
 われ等も飢ゑた。われ等は震へてゐる。長い夜が続き、夜寒にわれ等の胸が凍る。おお、魂よ、魂よ! おまへの冬至はいつ明けるのか?
 花は散り、葉はしぼみ、梢は烈風に打ち折られ、おまへの上に太陽の昇らぬ日も長い。おまえは飢ゑ、おまへは傷つき、打ち続く愛の飢饉に魂は骨と皮になってしまった。魂の結氷にロシアは嘆き、北欧は悲しむ。
 ああ山東から苦力が流れ出てくる! 五十万、七十万! 打ち続く戦禍に、捨てられた野犬のやうに、この柔和な国民は五百里の道を跣足で北に流れて行く。赤ん坊を背負ひ、堅パンを片手にし、家財一切を片于に運ぶ、ああ、それは山東の苦力の姿でなくて、私の魂の姿ではないか?
 魂よ、おまへはどこへ行くか? 迷ひ出た魂よ、どこへ行く? 北に、北に、結氷に閉ざされ、吹雪に阻まれた黒龍江へか? ああ、朝目は昇らぬか? 結氷は解けぬか? 神よ、橇を持って彼等を迎へにやって下さい。このさすらひの民のために!
 曙の明星が光った日は東方の博士は沙漠を西にユダヤにたどり着いた。彼等は救主を王宮に探した。しかしそこには新しい「救」が発見できなかった。救はベテレヘムの馬小屋の飼馬桶の中に横はってゐた。その日にも地べたに寝るものの中に至上の光栄が秘められてゐた。光明は黒土に接吻し、彷徨の旅に、脱がざる襤褸に、神の恩寵が啓示せられた。世界の難む日、神もまた難み給ふ! 屈するな、飢ゑた霊よ! おまへの彷徨におまへの両足が血に染まっても、大能の神はまたおまへの足に繃帯をして下さる。
 おお、奉天城外寒風の吹きすさむ朝、私は雪の中に遺棄せられた嬰児の屍を指差された!・ 飢ゑたわれ等の同胞が逐に嬰児を雪の中に捨てたのであった。神よ、神よ、東洋のベテレヘムの星は何処に昇るのですか?
 長春にアヘン吸飲者の凍死体が山の如く積まれる。二百、三百! ここでも人の子は傷ついてゐます。ああ、ベテレヘムの曙よ、おまへは何ゆゑもう少し早く長春の黎明を呼び醒まさないのか?
 鳴れよ、クリスマスの曙の鐘詫! 響けよ、サンタクロースの橇曳く馬の鈴! 無産者の家の煙突には煙もあまり立ってゐないから、サンタクロースも煙突から這入って気易いであらう。忘れないでくれ、たとへおまへが幼児のためには玩具を忘れることがあっても、大人のためにパンの一片を煙突の上から投げ込むことを!
 冬が長い。冬があまりにも長過ぎる。夕闇よ、早く去れよ! 冬至よ、早く行け! 世界の無産者が救はれるために、一刻も早く、ベテレヘムの星よ、馬小屋の上に輝け!
 東は白む。黄金色のオーロラは輝く。仰ぎ見よ。さすらひの旅に泣く飢民の群よ! おまへの上に星が輝くではないか! 徹宵羊を守る牧者の群よ、急げ! 馬小屋の飼馬桶の中に「救主」を探せ! 愛と忍従と労役の馬小屋に、人類の「救」は発見せられるのだ。人類の魂の朽ちた日に、救は却って動物の小屋に探されねばならない。確信せよ! 吹雪の後に空は晴れる。黎明だ。黎明だ! 鐘は嗚る、鈴は響く! 悲しめる者に再生の約束が成就する。鶏が鳴いてゐる。天の使が歌ってゐる。星は瞬き、愛は甦る。大工イエスは馬小屋展に生れた。彼は建て、彼は救ふ。彼に神の種が宿り、彼は神の如く魂を抱擁する。彼の温い胸にわれ等は冬至の寒風を忘れる。ああ、クリスマス! クリスマス! 寒風に喩いて、私は今日も愛と魂の誕生を祝福しよう。