予言者エレミヤ4

  三 匈奴(サイシャン)来る!

 それでも反響はありました。と云ふのは王はどしどし世の評判などにおかまいなく、偶偶を破壊する。国民も悪いと感付いたのです。それで続々悔ひ改めるものも起ってまいりました。それらの人々は之れまでの習慣に従ふて、山の頂で懺悔祈祷会を開きました。その祈の声がよくエルサレムに聞える。之では神様もイスラエルをお赦しなさるとエレミヤは思ったでありましょう。又神様も此時エレミヤに
『われは村より一人宛、支派より二人づゝを撰んでシオン(神の宮の立って居る山)につれて行って善い牧者をつける。国は昔の如く盛え法律も無用な黄金時代を来させ、其時エルサレムは世界の中心となって、悪人などは一人も住まぬ都が出来る。其時には百二十年前にアッシリアに捕虜となって行った北王国のイスラエル人も皆帰ってきて一諸に住むのだ』とこうお告げになったのであります。
 然し、突然こゝに神様からお告げがありました。
ユダヤ王国の罪はどうも罰なしにはすまされないで、北から、嘗(いまま)でシリアの人々が言某も聞いたことの無い匈奴(サイシャン)と云ふ民族を呼びよせて暫時の間此国を罰する』と。
 エレミヤはそうお聞き申しただけで震ひ上りました。あの匈奴! 支那から印度、それからヨーロッパまでかけて。唯もう荒れに荒れる匈奴
 之にはエレミヤも神様が無理だと考へました。それで国民になり代って、一生懸命に神様にお祈しました。
『どうぞ神様お許し下さい』と、
 然し、神様はなかなかお聞き下さらない、マナセ、ヨシアの二代前の王様の犯した罪の為めに許すことは出来ないと仰せられる。
『それでは神様は嘘付きだ、先にあれだけエルサレムを幸福にすると云はれて』
 とエレミヤは畏れ多くも神様をとっかまへて腕まくりしましたが駄目です。
 けれどもエレミヤはこうして、神様と度重ねてお交りする中に、だんだん目を開いてきました。矢張り神様にごむりは無い。貴人も、預言者も、祭司もまだ少しも心から改心して居らない。女は女で妙なハイカラ振りを見せて、眼を大きく見せよう、瞼毛の長いのを自慢しようと墨で眼瞼にヘリを取って町をねり歩く。それを男が追っかける。そうかと思ふと一方では高利貸が貧乏人を追ひ立てゝいる。学問のあるものは無神諭を唱へて、エホバの宮の立っている此エルサレムで、エホバなんかそんな眼に見えぬものがあるものかと威張って云ふ。エレミヤは之では矢張り神様のお審判を受けるより外は無いと思ひました。それ、でもこの立派な己の国の都が匈奴の如き野蛮な民族に踏み躙られるとは、如何にも嘆かはしい。そうかと云って、国民はエレミヤの預言を聞いて改心してくれるじゃなし。廿歳過ぎの涙の多いエレミヤは今神と国民の間に狭まって腸を沸へかやして号泣(ない)たのであります。

  アヽ腸(はらわた)よ、我腸よ。
  痛苦心の底に及び、わが胸轟く
  われ黙しがたし、我魂よ
  汝、ラッパの声と軍の鬨(とき)をきくなり。

  敗滅に敗滅のしらせあり
  この地は皆荒され
  わが幕屋は頃刻(しばらくのま)に破られ
  わが幕は忽ち破られたり。

  それ我民は愚かにして、我を識らず
  ●(てへんに畠)き子等にして暁ることなし
  彼等は、悪を行ふに智けれども
  善を行ふ事を知らず。
  われ地を見るに形なくして空しく
  天を仰ぐに、そこに光なし
  われ山を見るに皆震へ
  また諸の丘も動けり

  われ見るに人あることなし空の烏も皆とびされり
  われ見るに肥美なる地は沙漠となり
  かつその諸の邑は、エホバの前に
  その烈しき怒の前に毀れたり。

 こう彼は歌って唯陰鬱になって一人物思ひに沈んだのであります。その時に、神様は仰せられました。
『エレミヤよ、おまへが、そんなにエルサレムのことを思ふなら一人の聖人を此大きい市中で探し出しておいで、そうすればわれは此都を赦すから』と仰せられました。
 エルサレムにはたった一人の聖人が探しあたりませんでした。エレミヤはその次第を申し上げました。そこで神様は仰せられました。
『それだから、我は我言を火とし、此民を薪として、焚つくしてしもうのだ』と、
 今は、エルサレムも神様に見はなされてしまいました。エルサレムの敵は神様と云ふことになったのであります。蒼惶(そうくわう)している中に匈奴はやってまゐりました。
『そらどこそこまで来たぞ』『明日はどこを焚くのだそうな』など云ふ噂も市場できくのであります。エレミヤはもう一生懸命です。{これでもエルサレムに一人の善人があったら、神様がこらへて下さるのだ、大人は聞いてくれない。子供をつかまへてでも説教しよう』と云ふ気になりました。
 それでエレミヤは唯一人物笑ひになって町の鼻紙小僧の群に説教いたしました。
 然し、それも効能がありませんでした。エルサレムはとうとう無惨にもサイシャンに掠奪されました。(エレミヤ三・六―四、五、六章)