2015-02-11から1日間の記事一覧

海豹の4 海国日本の横顔

海国日本の横顔 黄ばんだ顔をした井上技師はなかく熱心な男で、広い講堂に雨雲の間からのぞいてゐるお星さんの数位しかゐない淋しい聴衆に向っても、熱心に講演を続けてゐた。彼は統計表を指さす竹の鞭を両手で握り締め、講堂に数千人の人間が坐ってゐるかの…

海豹の3 暴風雨の夕

暴風雨の夕 その晩の水産振興大講演会は、もちろん、おじゃんであった。六時開会といふのが八時になってもまだ小学校の大きな講堂に、二、三人しか集ってゐなかった。校長室に坐り込んでシガレットを二、三本続けてくゆらせた井上技師は、如何にも弱ったやう…

海豹の如く2

瀬戸の春『鯛はとれますか?』 背の高い黄ばんだ顔をした面長の井上技師は、唇の間に、啣(くは)へてゐたシガレットを、海の中に抛り込みながら、発動機船のデッキに立って、村上勇にさう尋ねた。勇は、尾道港まで今夜の水産振興講演会に、県から派遣された…

海豹の如く1

海豹の如く 序 海が我々を呼ぶ。血潮が我々をさし招く。鰹と、鯨と、海豹(あざらし)が、豊葦原の子を差招く。おゝ、大陸が我々を見棄てゝもい、陸地の二倍半も広い海洋が、我々を待ってゐる。日本男子は、波濤を恐れることを知らない筈だ。因幡の兎は、鰐…