PHPで小説『死線を越えて』の復刻が決定
賀川豊彦のベストセラー『死線を越えて』が来年に4月、PHP研究所から復刻されることになった。賀川豊彦献身100年の広報委員に就任してから1年、最大のニュースだと喜んでいる。
PHPでは来年1月、神戸大学の滝川好夫著『資本主義はどこへ行くか』の出版も予定している。賀川の協同組合経済論を中心に社会主義でも資本主義でもない「第三の道」による経済再生を提言する内容となっている。
ニューヨーク発の世界的な金融危機に直面して、この「第三の道」を模索する動きは西の神戸大学だけでなく、東の千葉大学でも生まれている。小林正弥・千葉大学教授は大学院に21世紀CEOプログラム「持続可能な福祉社会に向けた研究拠点」を設けて、賀川が70年前に示した「Brotherhood Economics」の研究を開始している。
来年2009年は、賀川が神戸のスラムに入って貧しい人々の友となることを決心してから100年の節目を迎える。東京と神戸にある賀川関連団体を中心に記念事業を行うため準備を進めているが、200冊もといわれる肝心の賀川の著作はずべて絶版となっていて、賀川を知ろうにも古本屋をめぐるしかない状況だった。
賀川の著作の復刻はわれわれ、実行委員会のメンバーにとって最大の課題だった。『死線を越えて』については鳴門市賀川豊彦記念館が数年前に「復刻版」を出版、蒲郡市のイエスの友会も『一粒の麦』を今年、復刻したが、ともに一般の書店には流通していない。
『死線を越えて』の復刻は、賀川豊彦記念・松沢資料館の杉浦秀典氏の貢献によるところが大きい。一年以上も前からいくつかの出版社に復刻を要請し、ようやくPHPの出版企画会議で承認されたということだ。
『死線を越えて』復刻が決まった背景にはいくつかの理由がある。まず、編集者たちを驚かせた『蟹工船』ブームである。加えて、9月のリーマン・ブラザーズ破綻をきっかけとした世界的金融危機。資本主義が「強欲」で「暴走」することを知り、賀川が提唱した協同組合経済論の見直し機運が芽生えているということであろう。
賀川関連の出版では、漫画「賀川豊彦」(仮題)の出版が決まっている。くしくもヒットした『マンガ蟹工船』の藤生ゴウ氏が執筆中。1920年代に大阪の大気汚染を風刺した小説『空中征服』の復刻の話も浮上している。現在、出版を交渉中の『Brotherhood Economics』が決まれば、それこそ来年は賀川関連の出版”ラッシュ”になる可能性もある。複数の賀川関連図書が本屋さんに並ぶことになれば、相乗効果も期待できるというものだ。
明治期のベストセラーは『不如帰』(30万部)、大正期のベストセラーは『死線を越えて』。3部作で400万部を売った。そして昭和のベストセラーは、村上春樹『ノルウェイの森』。2部作で単行本だけで400万部を超えている。
『死線を越えて』は1920年、改造社から出版。その後も文庫本となって、複数の出版社が出版していた。1990年代までは社会思想社文庫で存在したが、同社が2002年に倒産したため、賀川の著作は『死線を越えて』を最後にすべて店頭から姿を消した。(伴 武澄)