高福祉・高負担 スウェーデンに学ぶ点−−元大使・藤井威さんに聞く【毎日新聞】

 毎日新聞 2009年2月3日 東京夕刊から転載

 高福祉・高負担の国家はグローバル経済下の競争で生き残れない−−。そんな風評をモノともせず、充実した社会保障と順調な経済発展を続けるスウェーデン。元大使の藤井威さん(69)に、現状と学ぶべき点を聞いた。

 ◇「誰にも反対できぬ」三つの提唱

 「スウェーデンはある日突然、高福祉・高負担国家として地球上に姿を現したのではない。その過程で、国民は幾度となく増税を受け入れています。そのメンタリティーを問題にしたいのです」

 東京・丸の内のみずほコーポレート銀行本店で、藤井さんは切り出した。税金から始めるあたりに、元大蔵官僚の片りんがのぞく。

 現在25%に上るスウェーデンの消費税。初めて導入された1960年の税率は4・2%だった。「時の首相、社会民主党のエランデルは退任する69年まで増税路線を取り続けたが、選挙は一度も負けなかった。『これだけ負担してくれればこうします』と福祉国家実現のビジョンを示し、その通り実行し続けた。とうとう『スウェーデン国民の父』と呼ばれました」

 藤井さんはエランデルの増税路線が成功した理由をこう分析する。「福祉サービスの権限と財源を国から地方に漸進的に移したこと。そして、地方のコミュニティーがちゃんと残っていて、市民がそのコミュニティーを大切にしようとする気持ちを持っていたことです」
 その実情はどうか。例えば介護の場合、市のケアマネジャーがお年寄り一人一人と接し、サービス内容を決める。「要介護度で内容を縛られる日本よりも、水準ははるかに上で、費用も格安。だから、生まれ育った町並みをのんびり散歩し、ビールを1杯飲むのも介護の対象になる。そうして市民に、満足なサービスを受けた『受益感覚』が生まれるのです」

 こうした状況は教育や児童保育など他の分野も同じだという。一方で税などの負担は収入の約4分の3にも上る。「税金が高すぎる」とは思わないのだろうか。

 「『高い』とは思っていますよ。でも『それだけのことはしてもらっている』『富の再配分につながる』との意識もある」。そして付け加えた。「自信を持って言えますが、低所得者は喜んで税金を納めます。納税すれば収入以上に高価であろう各種サービスを受けられるからです。高額納税者も『高負担』には反対できません。彼らは年収が低かった時期にさんざん世話になっているのですから」

 スウェーデン国内総生産の実質成長率は06年4・0%(日本2・7%)。96年からの10カ年で、日本はマイナス成長が2回あったのに、スウェーデンは一度もない。高負担のハンディなどどこ吹く風、である。

 一方の日本は高福祉・高負担ならぬ中福祉・中負担だ。麻生太郎首相は構造改革路線からかじを切り、2011年度までに消費税引き上げに向けた環境整備を目指すという。

 「中福祉・中負担は、政府の社会保障国民会議で出たアイデア。福祉の機能不全を修正するだけだが、エランデルのビジョンに通じる。僕は、麻生さんにもビジョンがあると善意で考えています」

 非自民連立の細川護熙政権で、内閣内政審議室長だった藤井さん。消費税を福祉目的で7%に引き上げようとして失敗した国民福祉税構想にもかかわった。麻生首相への期待も、こうした経緯と無関係ではなさそうだ。

 でも、納税者はそう簡単に増税を受け入れるのか。

 「世界中で政治家や官僚を信用する国は、どこにもありませんよ。スウェーデンもそう。酒の席で本音を聞くと、政治家は次の選挙に勝つことしか考えない存在で、官僚は前例踏襲・事なかれ主義だと思っている。さすがに『中にはいい官僚もいますよ』と言っておきましたが(笑い)。こうした不信感の克服は簡単ではありません」

 そのうえで、スウェーデンの人たちの考え方をこう見る。「ただし、スウェーデンと日本の最大の違いは、『公共部門にやってもらいたいことは山ほどあるし、やらせなければならない。それが民主主義だ』と考えていることです」

 スウェーデンでは、政治家だけでなく官僚も、仕事をやらなければ職を追われることがあり、必死に仕事をするのだという。日本との差は大きいようだ。

 「元官僚が言うのも何ですが、あまりにも日本の官僚は質が悪い。社会保険庁の体たらくに守屋武昌防衛省事務次官の事件と弁解の余地はない。でも、かといって『増税分がどう使われるか分からない』では百年河清です」

 ところで藤井さん、こんな本音も。「国民福祉税構想の際、国民に示す将来のビジョンを作るべきだったのかもしれない。でも、当時は(成功を収めた)エランデルのことなど知らなかった」。照れ隠しか、笑いながら言うが、じくじたる思いがにじんだ。

 さて、税金に対する納税者の負担感は低くないはずなのに、福祉が充実しているとは言い難い日本。スウェーデンから何を学べばよいのか。藤井さんは次の三つを提唱する。

 「まずは、人間中心の地域再生を考えること。車中心でなく、じいちゃんも赤ちゃんも安心して歩ける町をつくるのです。すると、失われたコミュニティーも再生できる。コミュニティーへの帰属意識は、公共部門に対する市民の健全な評価につながります」

 「二つ目は次世代のことをもっと考える。財政赤字の先送りは、責任逃れでしかありません。最後は、中期的な成長率を維持すること。次の世代に、じいさんばかり多く子供が少ない、よどんだ社会を残したくないでしょう?」

 そして、こう結論づけた。「この三つは誰も反対できないはず。そして、今の世代が責任を持ってこれらを進めようとしたら、答えは一つ。増税しかありません」

 先ごろ、中央公論1月号で論文「スウェーデン型社会という解答」を発表、適度な高負担を伴う高福祉の実現が望ましいとの持論を展開したばかりだ。「現在の不況を生み出したのは、消費税を上げれば景気が悪くなるとの発想に他なりません。でも、日本はまだ、過去の誤りを克服する力を持っていると信じています」