協同組合の理論と実際(4) 賀川豊彦

 六、協同組合の有る無しの差違

 そこで生産・消費・分配の同義的、芸術的、社會的、共榮的、共助相愛的な機構運營が現れねばならない。これが協同組合組織である。
 今月、日本が直面してゐる最も深刻な食糧問題を、根本的に解決しようとするならば、この協同組合を全國的に應用することが一番よいのである。都市を、農村を組合化して、組合都市、組合農村を發展させねばならない。
 愛に根ざした助け合ひの經済組織が、窮乏を救ひ、滅亡を避けしめるのに反して、盲目的な無秩序な經済的悪組織がいかに社會を混亂と窮乏と飢餓に陥らしめるかは、我等は目撃し且つ身をもつて体験した。
 支那事変以来、ドイツの眞似をした下手な統制會社は、一種の獨占的トラスト組織に他ならなかつた。それは謂はれたごとき國家社會主義でもなければ、國家資本主義でもなかつた。最も悪質な資本主義を、國家が公然と認めたことに他ならなかつた。
 そのために都市に於ける協同組合の一翼である消費組合は、解散を命ぜられ全滅し、闇収引は行はれ、闇賃銀を助成し、數十萬人の經済犯を故意に現出せしめた。尚悪いことは、闇を行ふ中心は陸軍海軍とさへなつてしまつた。
 獨占事業を、國家が公認した爲、商人が官僚化して悪徳を行ひ、配給品の上前をはね、それを闇に流し、莫大な富を蓄積した。
 闇をすることをせず、闇買ひをしない正直な人々は榮養失調になり餓ゑ、生ぎてゆかれぬといふ矛盾極まる現象を生み、大衆はつひに買出部隊となつて巷に、農村に、漁村に溢れるに至つた。
 昭和一一十年十一月三日、四日両日、東京から千葉・埼玉方面に、約百萬人の買出部除が押し寄せたと新聞紙は報じた。
 これを全國的に判断すれば、この両日に一千萬人以上の者が、買出しに出たと想像される。この恐るべく愕くべき數に上る一千萬人の買出部隊を是認せねばならぬ法律は、何といふ無力な法律であらう。
 このため全國のいかなる列車も、電車も、バスも、買出部隊のために超滿員となり占領され、そのため食料品の計画輸送は不可能となり、農民に對する都會人の反感は深まり、インフレの増進となり、暴勤の徴候さへ各地に現れるに至つた。何といふ悲しい有様であらう。
 かかる現象を呈するに至つた理由は何か。これは全く協同組合を組織しない爲である。
 英國はどうであつたか。英國は、生産消費組合のみを中心にして適正配給をしてゐる國であるから戦争になつたからと言つて狼狽しなかつた。即ち日本のやうに配給機構をいぢり廻す必要がなかつたのである。
 あれ程、困つた戦時中といへど英國ではパンの價格は大ぎい受動を見ず配給出来たし、闇もなかつたといふことは、全く生産消費組合の行き渡つてをり、それを中心にしその方法をとつたおかげだと思ふ。
 滿洲事変の際にも、滿鐡消費組合が、日本人の爲に果した配給機構は、全く英國生産消費組合の使命と同一であつた。日本の農村に於ても、この戦争初期には、滿洲事変の初期の滿鐡消費組合と同じ役割を果したのであつた。
 第一次世界大戦の起つた時、交戦諸國の協同組合は、当然衰微するであらうと予想された。
 組合員や職員の應召、物資の窮乏、物價の暴騰等、特に消費組合の性能にとつて大打撃である筈であつた。然るに、寅際はそれと反對な現象を呈し、戦争が長引くにつれて協同組合は益々伸長發展した。そして米國の有名な消費組合學者ソニクセンが「これはひとり協同組合運動の敵を驚倒せしめたばかりでたく、味方にとつても實に意外であつた」と述懐した位であつた。
 これをもつて見ても。協同組合渥動がいかなる恐慌をも突破克服することを知ることが出来る。
 闇の生ずる原因は。買手と賣手の間に距離があるから起るのである。買手が賣手であるといふ意識が強くなりさへすれば、決して闇は起らない。日本の農民が、この事をよく辨へ知り、奮起してくれて都市の消費組合を理解し心から共鳴して手を握つてくれれば食糧暴動は起らずにすむ。從つて供出など圓滑にゆき進んで果してくれると思ふ。
 今度は都會人に、協同組合意識が、はつきりしてをれば、農民が肥料を買ひ、農具を買ひに来た場合、米を持つて来なければ賣らないなどといふことはない筈である。
 「衣食足つて礼節を知る」といふが、食糧問題で狂奔する餘り、仕事も何も手につかず、文化も片隅へ押しやられ礼節も何もあつたものでなくなる。そして他人は踏んでも蹴つても、どうなつても自分さへよければよいといふ浅間しい非人間性を暴露してはばからなくなるのである。
 越後の海岸には、「親しらず子しらず」といふ恐ろしい險所があるが、實に深刻な食糧欠乏は、生きながらの地獄相を現出するのである。
 要するに協同組合意識を持たないことが、今日のごとき悲しむべき状態を生み出してゐるのである。(続)