協同組合の理論と実際(7) 賀川豊彦

 十、寺院建築に現れた信愛的調和美

 このベネディクトの精神に、十三世紀のあのうるはしいフランシスカンの兄弟愛の精神が加はつたのがゴシック文明である。
 ベネディクト修道院を基礎として商人ギルド(組合)が生れ、職業ギルドが生れ、このギルド(組合)が宗教的な工人を組織化し、あの優れたゴシック建築を完成した。
 フランスのパリーにあるノートルダム・ド・パリー寺院を見てもわかる。
 正面にある二つの塔は遠くから見ると、全く均等してゐる。近く寄つてその彫刻物の一つ一つを見ると、一つとして相等しい物はない。工匠人が、自已の創作力を自由に發揮したものである。
 この表現の中に、創作する喜び、勞働の神聖、宗教的敬虔の熱情が躍り溢れてゐる。
 そこにゴシック精神の優秀さがあつた。
 更に自己と他とをつなぐ善意的な連繋があつた。工匠と他工匠の関係、石工と金工、建具工と木工、硝子工と彫刻工の間に完全な友愛的調和があつた。且、彼等の間に共済制度が發達し、大寺院の建築の上にも目に見えぬが彼等の愛の精紳的な親石が基礎づけられてゐるのを見ることはまことに羨しいことである。

 十一、協同生活の兄弟團

 文芸復興は、新約聖書を民衆の手に取り戻した。それと共に聖書中心の宗教運動が起つた。修道院内の兄弟愛を社會全体に押し拡めんとする、書斎から街頭への大運勣であつた。それがウィクリフ(John Wycliffe, 1320? - 1384)の運動であり、ジョン・フス(Jan Hus, 1369 - 1415)、サボナローラ(1452-1498)の運動であつた。叉かのドイツのアナバプテストの運動である。
 このアナバプテスト運動の起る前に、世にも美しい『協同生活の兄弟團』といふ教育的共産團體が現れた。この兄弟團へ加入せんとする者は、始め一年間候補者として入會、後に正會員として教育に一生を献げる。終生獨身生活を守り、報酬を無視して貧しき村の教育に從事する。その生活は、協同生産によつて保証せられ、兄弟團内部では宗教的協同主義を實行したものと見える。
 その兄弟團から、有名な『キリストの模倣』の著者トマス・ア・ケンピス(Thomas a Kempis, 1380 - 1471)が出た。
 『キリストの模倣』は、彼の属した「協同生活の兄弟圏」の經済組織を直接には我々に報告してくれないが、彼の著書に現れてゐるやうな生活態度で經済生活を送れば、最も美しい宗教的協同生活が出来ることを明示してゐてくれると思う。
 叉この團體に属する一人から萬國公法の學者エラスムスが生れたことも記憶せねばならぬ。即ち彼等はみなサンタクロースのやうな生活を毎日送つたものと思ふ。
 私は、このことを想像することだに非常に樂しい。何故ならば十二月廿五日のかのクリスマスの前夜、全世界を馳け巡つて子供たちにうれしいプレゼントを配るといひつたえられてゐるサンタクロース、世界の人がそのサンタクロースのお爺さんのやうな興へる心、他人のために苦勞する精神に毎日なり、キリストが地上に受肉された愛の精神をを實行すれば、胸躍るクリスマスの喜びの日が年中送れるわけである。
これは、私の理想であるが、理想にとどまらずかうしたサンタクロースのやうな愛の奉仕に充ちた人々による愛の社會が實現することを信ずる者である。
 この協同組合運動は、かくの如き隣人愛の社會の實現を目的とするもので物質を第一位とせず人格を第一位とし、利益を中心とせずして相愛互助を中心とする。その目的は。搾取を離れた統制經済にあつて、キリストの教示したまうた山上の垂訓の精神と全く相一致してゐる。然かも、組合運動は、徹底的に暴力を排除し、真理をして自ら勝利を得しめる比類なき方法である。一見非常に薄弱に見えるけれど、この協同組合運動は、實に根強い底力を持つてゐる。我等は飽くまでこの真理を死守して、決して再び舊き時代の誤謬過失を繰り返す愚を犯してはならない。(続)