協同組合の理論と実際(17) 賀川豊彦

 廿六、協同組合運動の教育と訓練

 さて今度は、いよいよ協同組合の實際についてであるが、協同組合運動を活發に、且つ健正な運營にするまでには、まづ協同組合に對する理解を啓蒙せねばならない。
 これには、あらゆる犠牲を拂つて教育し訓練してゆくより他はない。そして市民に、農民に、勞働者に、女工に、教員に、中等學校男女生徒に、國民學校生徒に、協同一致の精神を植ゑつけ、利益では動かぬやうな立派な精神を築き上げなければならない。犠牲的精神、奉仕的精神、愛國、愛社會、愛市愛村の精神、他愛の精神、國際愛の廣い精神を教育し訓練しなければならない。
 かうした精神に燃えて協同組合を建てるなら、組合はきつとうまくゆく。
 奉仕的精神と信用  奉仕的精神がなければ第一信用がない。日本の村々に、多くの産業組合が出来てゐるけれど、唯単に利益が多いからといふ考へから出發したものが多いので、利益がなければ、すぐに組合を脱退したり、解散したりして行詰つてゐるものが多い。しかし、この組合運動は、その場限りの利益中心の金儲け主義の運動ではない。經済状態を根本的に改造せんとする協同愛の運動であるといふことを確信してかからねばならない。終極に於ては利益のあるのは勿論であるが、時には利益を見ないことがあるかも知れない。それを覚悟して損害にびくともせぬやうな覚悟でかからねばならない。
 私慾を離れよ  ある農村の組合の中には、組合の金を、幹部が利用して肥料を買ひつけ、先へ行つて高くなると組合に高く売り、その價格の差だけを儲けてゐた。かうしたことは、組合員を欺く利己的な態度で、利己心は組合を滅すものであることを辨へねばならぬ。
 會計検査を巌重にせよ  協同組合運動は、金銭上の運動であるから、一文なりとも公金を私しないやうに、整然たる會計簿を備へておく必要がある。多くの協同組合の失敗は、整理の不秩序から来てゐる。幹部の中に、必ず會計事務に堪能な人と、宣傅の上手な人と、商品に明るい人の三人を置いてかからねばならない。この三人が協力一致して始めれば大丈夫である。しかしそれだけそろつたからといつて性急に始めてはならぬ。
 二百軒の加盟者  少くとも、二百軒の加盟者をつくるまで努力し。宣傅せねばならない。加盟者が、多ければ多い程、組合の力が強大になり商品の買ひ入れにも都合よくなる。
 事務所  は出来る丈、便利な處を選ばねばならない。小路や場末に支部があつても構はぬが、中央部の事務所は、市町村役場のあるやうなところで交通の便利のよいところが考慮されねばならない。
 配給法  は組合員が、ある区なら区、ある字(あざ)なら字で團結して、自分でとりに来るやうにするのが一番よい。村などでは当番幹事を作つて、家々の必要品を聞いて廻り、それを購入して来たものを、各自が取りにゆくやうにするとよい。隣組の組織や訓練などで人々は餘程馴れて来てゐると思ふ。
 掛売制度の可否  掛売は出来るだけしないようにするがよい。肥料のやうに金高が嵩むものは信用組合と連絡をとつて金融の道をつける必要があると思ふ。掛け売りをすると一萬圓で出来る消費組合も七、八萬圓の資本金をもたぬと融通が利かなくなる。弊害を伴ふから断然掛売制度はしない方がよい。
 利益金の分配  協同組合の利盆の判らない人にとつては、購買利益を早く拂ひ戻してあげる程、組合を早く理解させる方法はない。
 少し面倒ではあるが、決算期を出来るだけ早くして、四ヶ月に一回づつ、拂ひ戻するか、または半期に一回利益金を拂ひ戻すと、その組合の利盆は直ちに、村に宣傳されることになつて自然村の人に理解を與えへることになる。
 商人の妨害  商人が激しく妨害する可能性があるから、それに對して怯まず、自重して押し進めなければならない。堂々と戦つて、妥協的態度をとらぬやうにせねばならない。妥協したため消費組合が崩れた例がある。
 忍耐せよ  協同組合は、勞働組合などと違つて、簡単に出来上るものではない。永い熟練と經験を積んで初めて出来上るのである。
 それゆゑに、飽くまで自重して、こつこつと開拓してゆかねばならない。その中で最も困るのは、金融の問題で、理事者は頭を悩ますであろうが、その時こそやけを起さず辛抱してやつてゆかねばならない。この運動は、決して花やかなものでなく、極めて地味なものであるだけに、忍耐してじつくりと踏みしめ踏みしめやつてゆかなければ成功しない。(続)