協同組合の理論と実際(18) 賀川豊彦

 廿七、協同組合を基礎とする國家改造

 眞のよき國家を作らうとするならば、単なる國家では足らない。國家の下に組合といふものがしつかりして、一人でも組合負をして餓ゑしめぬやうに、また貧乏させないやうにしなければならない。
日本では、政黨の歴史といへば、自己の権力のことばかりに腐心した歴史である、早く内閣を取りたいといふ一念で、國民の全生活のこと、福利のことなど考へてをらない。
政洽を利用して我儘勝手な事ばかりしてゐたのである。これでは、いつまで經つても政治は少數者の権力争ひの具に使はれてゐるにすぎず、一般民衆は忘れられてをり、國家もよくならない。結局、民衆の眞の見方といふものは、民衆それ自身が組織し管理運營する協同組合精神のほかにないといふことになるのである。

 廿八、協同組合代表による議會改造

 そこで今のやうな議會は須らく解散してしまつて、今度は協同組合の代表者を選んで、協同組合の組合長なり、専務理事といふものの中から選挙し、議會を組織するやうにすればよいと思ふ。
さうなつてくれば選挙の運動費は要らない。何時も組織してあるから、若し改選の必要があるならば、その次に違つた人を選べばよい。國民それ自身の生活といふものを熟知してゐる組合の代表者のみが、眞の國家の議會といふものを組織しなければならない。これからの議會制度といふものは、生活に即したものでなければならない。単なる主義思想だけの運動では駄目である。生活を根本的に改造する、生活本位の國家組織を持たなければならぬ。一人の貧乏人もゐない。一人の無産者も居らぬといふやうな社會を造るには、どうしても各職業に従事して居る人を選んで来なければならない。
 日本の下層階級・勞働階級・漁民階級・運輸階級・生産階級・農民階級の代表者、教育家の代表者等、選ばれて生産者も消費者も交通機関に関係ある人も、ありとあらゆる働き人の、全部生活に関係してをる人の代表者を出して、自分達の生活問題の根本を議する議會制度を立直すといふことは目下の急務である。生活権を保証し、勞働を保護し、人格権を保証するといふやうな、生活と、勞働と、人格の三つを保証し得る眞の協同組合の基礎を持つた議會制度が生れ、協同組合中心の代表者から成立する組合國家の議會を作るべきであると思ふ。
 最早、政権授受などをしてをるべき時代ではない。凡ての人々は自分の學間研究に若い時からはつきりした方向を意識し、自分の經済研究も、政治研究も、法律研究も、自分の成功の爲ではなく、民族の利益、世界の平和のために、ひたすら勉強するのだといふ崇高な他愛的な意識を持たなければならない。

 廿九、世界平和と組合國家

 かくの如く考へて来るならば、協同組合を通じて世界の平和も来るのである。
世界は戦争をせずに済むのである。近代戦争の五原因は、第一は人口問題、第二は原料問題、第三は國債問題、第四は運輸の問題、第五は商業政策。これに含まれて居る所の関税の問題である。
 この五つが重大な役割をなしてゐる。
 かくの如く、昔は宗教問題で戦争したり、また単なる人種的な偏見から戦争を惹起したが、今日では殆んど經済的な問題が主になつてゐる。かつての國際聯盟や、九國條約が、殆んど死物に等しくなつた理由は、世界平和の基礎的な經済工作を忘れたからである。
 もし第一次世界大戦の後に、協同組合的な世界經済同盟が結成され、協同組合の原則によつて世界經済會議が開かれ、且つ協同組合貿易を實行してゐたなら、第二次世界大戦は免れ得たことと思ふ。
 私は、數年前「世界平和の協同組合工作(協同組合的世界經済同盟の提唱)」といふ一文を發表した。
 これには、協同組合の原則から、世界經済同盟を結んで、世界經済會譲を開くことを唱導したのである。物資の移動、規格標準の設定等を始め必要なる問題を委細に検討し、列國間に於ける需要供給問題を調査し、各國民が安心して生産し、且つ消費するやうにする。そして、一、協同互惠の精神、二、権利及び機會の均等、三、搾取主義の排除(利益拂ひ戻し)の三原則に副ひ、かくすることによつて各國民の生活は安定し、その生活安定によつて、世界平和は永続せしめることが出来ることを詳しく叙べた。
 私は、日本が、眞に理想的な國家となるには、この協同組合國家として改造されねばならぬと信じてゐる。且つ世界が、真に理想的な平和世界となるにもまた、この協同組合精神によつて互に結ばれ協調相愛し、經済的・政治的・文化的に力を合せるより外に道はないと確信する者である。
 トルストイは、教へてくれた。「止れ。そして考へよ」(Stop and Think!)と。勞働者の変らざる望みは世界の甦りである。四千年の汚れたる獨占慾から解放されて、愛と自由の新しき世紀の爲に断食するのである。之は人間意志の回転である。悔改の懺悔である。新しき宗教である。出埃及(エジプト)である。
 どうかこの協同組合について研究し、實践して一日も早く我等の住む村が、町が、都市が、そして國家が、協同組合化し、更にひろく世界十九億の民が目醒めてこの大理想達成に一路邁進されん事を祈つてやまない。(完)