33 「青年よ永遠の光源となれ」(1948年12月号)

 フアウストは海に畑を作ることを夢想した。私は海に牧場を設くることを夢見る。太平洋に鯨を飼い、海豹を太西洋に養えば、世界の人口が百億になつても、食糧に窮することはないであろう。海洋を征服せよ、海洋を。黒潮に国境はなく、怒濤に民族性はない。日本の国土は決して狭くはない。たゞ山が広いのだ。
 もし、日本の青年が、栗・胡桃・どんぐり・椎等の立体農業に目醒めて山岳農業を営むことを知れば、日本は今の三倍の人口になつても、食物に窮することはないであろう。青年よ、山を利用せよ。
 四百年前、文芸復興の波が、イタリアの自由都市ヴエニスを訪れた時、軽薄なる風潮は、ヴエニス市民の魂をむしばみ、文典式科学は、彼等を自腐させ、僅かばかりの繁栄に情慾の帆綱を引締めることを忘れた市民は、世界の窮乏を前にして、私利私慾に総てを任せた。そしてこれがヴエニス自由国の滅亡の原因となつた。
 青年の萎縮した民族の前途は、いつもこの通りである。道徳的思想を蹂躙する民族に、曾て永久の繁栄のあつたことはない。
 生命の泉は、これを自ら濁すものに復讐する。これを堰く者には逆倒の奔流となり、その流れを阻む者には狂乱せる迸りとなる。そしてその生命の清水の活栓を握るものは青年である。世界の聖人は、概ね青年時代にその志を立てた。国を亡すも青年であり、国を興すのも青年である。青年の意気衰えて国亡び、青年の意気旺にして国興る。青年は花だ。その蕾のうちに自ら守らなければ、人類の運命を奈落の底に陥れる。無窮の理想に皷吹せられて立ち、神と永遠の言葉を物質の上に刻まれた表象の世界に読むのでなければ、世界の青年の生れ出でた理由を私は疑う。           
 日本の青年よ、みずからを光源として太陽の如く輝け。その日に、栄光は君等に帰つて来るであろう。太陽の面上にも光の暴風はあるだろう。その球面上に黒点の影するときもあるだろう。しかし私は、日本のために、青年が永遠の光源であることを祈つて止まない。(一九四八年十二月号)