傾ける大地−28

   二十八

 その日、高島頼之は、朝飯も昼飯も食はずに、電話で知らして来る開票の成績を、自宅で聞いてゐた。そして愈々落選と決まった時に、彼は奥の間に這入って泣いた。

 杉本は四千九百二十三票の最高点で、美事(みごと)県会議員に当選した。当局の圧迫も、弁士中止も、金権党の買収政策も、何等効を奏しなかった。町内は今度の選挙の話で沸騰した。各新聞とも、杉本英世の写真を掲げて、彼の勝利を報告した。その写真を見て特に鼻を高くしたのは、東洋亭の女給、佐野おけいであった。彼女は、新聞に出た写真を切抜いて、紙入の中に収め、来る人毎にそれを見せて喜んだ。無惨の敗北に、憲友派はグウの音も出ず、全く慄(ふる)へ上ってしまった。恐縮してしまった滝村は病欠と称して家から出て来なかった。

 開票があってから、二三日後のことであった。杉本一派は、警察署長を選挙妨害で訴へると云ふ風評が立った。それを聞いて憤慨した警察署長は、斎藤新吉の処へ相談に行った。そして、直ちに杉本英世、他十六もの算盤工組合員を選挙法違反で告発した。その理由は、杉本英世が算盤工組合員に、利益を提供して、推薦を強要したといふのであった。材料はすっくり尾関と、久町巳之助の手によって、作り上げられたものであった。すぐ呼出が姫路の区裁判所から来た。弁護士の村田賢二が大阪から飛んで来た。そして、告発状に添へられた聴取書口が、巧妙に作成せられて居るのを見て、驚いて杉本に語った。

『あんなに迄完全に聴取書が出来ようとは思はなかった。ありゃア、迚も一審で勝てさうもありませんなア、然し困ったことですなア。そんなにまで圧迫して、自党から県会議員を出したいですかなア、全く仕方がないですなア』