黎明11 深夜の祈祷

  深夜の祈祷

 深夜、床を抜け出て神に祈る。周囲は暗く、伺ひ知りたまふものは、神のみである。万物は眠ってゐる。鼠さへ物音を立てない。鶏はまだ目醒めず、梟さへ声を立てることを遠慮してゐる。私はわざと灯火をつけないで、真暗闇に跪く。
 そこは、天地創造前の暗黒の世界である。そこは無機物の形のみが示されてゐる世界であり、私のみが醒めてゐる世界である。ああ、さうだ、私のみが醒めてゐるのだ。誰にも相談出来ない重荷、神のみがとって下さると信ずる重荷を、私は、真夜中に起きて、神に持って行く。
 人の前に強く主張する者も、神の前には小さくなって、彼の聖なる事業の進展するために祈る。
 みんなは眠ってゐる。そしてみんなは祈ることを知らない。そして、私はひとり暗黒に目醒めて、聴かれる道を知ってゐる。妻も、子も、友人も、誰も知らない神の聖業に対する私の重荷を、私は真夜中に神に持ってゆく。神は、私を慰め、私を力づけ、必ずそれを聴くべきことを答へ給ふ。私は曙を待つ。
 深夜に神に会ふことは、恋人に会ふより嬉しい。暗黒の世界は、光明に変り、酒を飲まざるに聖愛に酔ひ、歓喜は胸に溢れ、至楽の宴は、そこに開かれる。私は、愚かなる者の如く、「いつまでも、かくして居らしめ給へ」と祈りたいやうな気がする。しかし、考へてみれば、明日の活動が私を待ってゐる。私は昨夜からあまり眠ってゐない。また、私は。誰にも感附かれないやうに、寝床に退却して、明日の運動のために、筋肉を休める。