黎明34 物質を凝視する瞬間

  物質を凝視する瞬間

 私にとって、宗教は遠距離にあるものではない。机の隅を凝視してゐる瞬間にも、透明な硝子の表面を見つめてゐる瞬間にも、私は宗教を持つ。物質が宗教になるのではない。物質の存在そのものが私にとっては驚欺すべきものなのである。
 机の板といひ、硝子の平面といひ、私と関係のないものである。関係のないといふことは、私の予想以上のものだといふことである。私の予想以上といふことは、私の意識してゐる世界のほかにもう一つの世界があるといふことである。そのもう一つの世界といふものが、どうして出現したか。私が出現させないのに、物質の世界を出現させたその可能な力に私は驚歎する。私は人類として自分を相当に賢い動物だと思ってゐるのに、その意識以上に驚歎すべき物質を存在せしめ、表現せしめたといふことが、私にとっては既に一つの宗教である。物質を通して、私は驚歎すべき人間意識以上の大きな力を感じる。たしかに、物質は神の智慧そのものを表白してゐるのである。物質を凝視してゐる瞬問にも、私は誠に神を感じる