海豹の55 海女の子等

  海女の子等

   海に生れて    海に逝く
   海女の子供は   今日もまた
   ひねもす舟の   ゆりかごに
   ゆられゆられて  なみの上
 勇と六人の同志は、毎日こんな歌をうたひながら少し波のある口にも斯波はてんぐさ採りに出掛けた。六日目の昼飯時であった。
『村上さん、もう飽きましたか、てんぐさ採りは?』と、船の上から山上が尋ねた。
『飽くどころか、海の底が好きになったよ。潜ることは実に愉快だね、僕は大いに教へられたね、魚の心理が解ったやうな気がするよ』
『さうですか、そりゃ面白いですなア』
 青木は、アルミの弁当箱を船板の上に置いてさういった。
『僕は鯨か海豹になりたくなったね』
 さういったことがきっかけになって、山上は、『捕鯨事業は有望か?』といふことを村上に質問した。
 それで村上勇は、海の利用のうちで、鯨を飼育することが、食糧問題を解決する上に最も早道だといふことを話した。彼は詳細に紀州勝浦で聞いた潮岬の捕鯨事業をみんなに話し、黒潮の打寄せる波に揺られながら話をつどけた。六人の青年は勇の顔を覗き込んだ。
『君等も知ってるだらうが、鯨とりは先づ子どもを射って、それから母親を捕へ、最後に父親をとるんだよ。鯨っていふ奴は、実に愛情の深い奴で、雌雄が交尾すると、一年後に同じ雄と雌が、ある場所に集り、子どもを生む湾を見付けて、雌がその中に入り、雄が入江の口を守って、鯱(しゃち)の来るのを防ぐんださうな。さうして子が生れると夫婦が揃うて、子供を間に挾んで泳ぐ稽古をさせ、三十日位経ってやっと子鯨が泳げるやうになると、雌雄が離ればなれになるのださうな。明治四十年頃までノールウェー人が潮岬や銚子あたりにやって来て、どんどん一日に何十頭って掴へたんだってね。かうした濫獲の結果、もう鯨は日本人に珍しい動物になってしまったやうだね、実に残念なことだが、これはどうしても国際的に保護しなければならぬと思ふよ』
 それから勇はトロール船が支那海を荒した話を続けて青年に物詔った。
『全く、宇宙に対する冒涜だね、食ひもしない魚をどんどん取殺して。あとを絶滅するやうなことをトロール船がするんだからね、あれは全くどうかしなくちゃいかんね。機船底引の問題も全く同一だよ。僕が見て廻った全国の漁業地で、機船底引網で困ってゐない村といへば、それを禁止してゐる神奈川県位のものだらうね。殊に日本海の沿岸はもう機船底引網で荒し尽して、露領に行かなければ魚は居らんらしいな。然し、露領に行くとまたとても、うじょうじょする程居るらしいぜ。殊に底魚などは曾て人間に掴った経験がないものだから、馬鹿に肥って味も劣るさうだよ。しかし、そこまでゆくと漁師も罪が深いね……今に見てゐ給へ、鮪がだんだん少くなるから! 鰹がもう余程少くなって、焼津の漁師などは五百哩、千哩と沖へ出て、鰹をとってゐるだらう。もう鰹がだんだん日本の海岸線を見棄ててしまったらしいな。僕は鮪もおっつけさうなると思ふよ。
 それから青年達は、朝鮮近海の漁業の話、九州各地の網の話、また鯛の養殖が愛媛県、平城湾あたりで、大規模に出来る可能性のあることなどを勇に聞いた。
 秋の太陽は船の真上からぽかぽか照らし付け、暖かい潮が安山岩でできた奇怪な岸辺をなめた。あまり気持がいゝので、勇は笑ひながら話を続けた。
『……潮の干満の差の最も甚だしいのは朝鮮の西部海岸と、九州の西海岸だらうね、九州の島原から有明湾にかけて、干満の差が平均十八尺あるといふから凄いよ。あしこは、地球を東へ流れる潮を朝鮮と九州が堰(せ)くらしいね。だから、有明湾から島原へかけて、「すくひ」といふ面白い漁業法があるよ。それはね、海岸に大きな石で突堤を――何町も何十町も四段なり五段なり仕切って作って置くのさ。潮に添うてやってきた鯔や、ちぬのやうなものが、突堤の内側に来て遊んでゐるうちに、潮の引いてゐるのを忘れて、潮が全部干いた時には突堤のために逃げられなくなり、時によると三万尾、四万尾と、鯔が一つのすくひに引懸かることがあるさうな』
 大勢の者はそれを聞いてどっと笑った。
『然し、あんまり魚のことを笑へんぜ。人間もみんな悪魔のすくひ(ヽヽヽ)に引懸かるんだからね』
 勇がさう附け加へると六人の青年はドッとふき出した。
 雨と暴風雨の日のほかは、毎日かうした愉快な『てんぐさ』採りが続いた。然し。こゝに困ったことが出来た。それはてんぐさで製造した寒天を最も多く買ふ支那が、日本に対してボイコットを断行したために、てんぐさの値段が暴落したことであった。それで、折角苦心して、一月ほどのうちに四百円ばかりの金を作り、その金で南洋まで行きたいと思ってゐた目算が、がらりと引繰返ってしまった。

  急がれる砂路

『おい、火事だ!』
 表をさういって誰かが南へ走った。
『また火事かね』
 といひながら豆腐屋のおぢいさんは、ゆっくり切った豆腐を味噌漉に入れてマリ子に渡した。マリ子が表に出た時には。村の大勢の者が南へく走ってゐた。見ると、どうも、また釣り道具を売ってゐる仁田商店が燃えてゐるらしかつたので、マリ子は、慌てて、浜から自分の家に飛んで帰った。そんな時に限って、いつも近いと思ふ四、五町の道がとても長かった。砂地に足駄が食ひ込み、後退りばかりして早く走れなかった。その日は月の十五日で保育所は休みであったが、たゞ奥の間に寝かしてあった赤ん坊の百合子が気になった。やっと自分の家に近付くと、近所の者は夢中になって自分の家の荷物ばかり運び出してゐた。みんな血眼になって人のことなど考へる者は誰もなかった。焔はどっと空中に舞上った。喚声が上った。隣に延焼したらしい。マリ子が自分の家にはいった時には裏は全く火の海であった。そして赤ん坊の寝てゐる部屋の障子がぼんく燃えてゐた。
『赤ん坊を援けて下さい!』
 さう呼びながら、マリ子は奥座敷に飛込んで行った。火は天井裏に廻り、畳が黒焦げになって、赤ん坊の布団に燃え移ってゐた。然し、幸ひにも赤ん坊の頭の方は空気が澄んでゐた。今延焼したばかりだったのだ。そこヘマリ子は飛込んだ。そして布団をひきまくり、赤ん坊を抱きとって逃出さうとした。然し、拍子悪く、赤ん坊を巻いて居ったねんねこ絆纏の周囲にあった兵古帯をみづから踏んで、立上った瞬間にまた倒れてしまった。
『あゝ、しまったわ! これで、私も黒焦げになる!』
 さうマリ子の思った瞬間に、焼け落ちた障子の桟が、マリ子の袂の上に落ちかゝって来た。
『なに!』
 と思って赤ん坊を抱いたまゝ、黒煙の中を潜って、マリ子は表の間に逼ひ出したが着物がぼんぼん燃えるので。赤ん坊を表に投げ出し、慌しく着物を脱ぎ所々焼けた襦袢一枚になり、泣き叫ぶ赤ん坊をまた拾って浜に出た。そこへ青年団の斯波が駆けっけた。
『おや! 奥さん、あなたの髪の毛が燃えてゐる!』
 さういって彼は、すばしこくマリ子の髪の毛の火を、消し止めてくれた。然し、その時マリ子は、下半身全体に火傷してゐた。斯波はすぐ自分の着てゐた着物をマリ子に着せ、五町ばかり離れた自分の家に彼女を担ぎ込んだ。
 火事はとうとうマリ子の家の他六戸を全焼してしまった。そして、午前十一時半やっと鎮火した。その日朝早く、田子まで『てんぐさ』を採りに行った勇に至急知らせようと、山上が快速力の発動機船を仕立って飛んで行った。また斯波勝三の計らひで、青木は自動車に乗って、沼津から医者を呼んで来ることにした。斯波の表座敷に寝かされたマリ子は、
『身体がぴりぴりして痛い』
 と訴へたほかは、別にどこといふ異状はなかった。いつも世話してゐる子供の母親達が集ってきて、からだに醤油を塗ってくれたり、メンソレータムを塗ってくれたりしたけれども、呼吸は益々困難になるばかりであった。約四十分位して、沼津から医学博士の赤木関三が自動車で飛んできた。そして様子を見て、頭を一方に傾け乍ら、硼酸軟膏を手といはず足といはず、下腹部から頭の周囲にまで塗りつけた。そして、ついてきた看護婦が、殆どマリ子の身体全体を繃帯してしまった。
 赤木博士は、斯波を表に呼び出して小声にいうた。
『君、あの患者、危いよ! 今夜もう持たんかも知れないよ。皮膚といふものはね。身体全体の三分の一焼くと駄目なものだよ、あの人は二分の一焼いてゐるからね、残念ながら助からないね』
 さういはれた時に、斯波はぽろぽろと大きな涙を雫を両眼からこぼした。
『だからね、あの人の親類の人には、皆電報を打って呼寄せるやうにし給ヘ! 急激な変化があるかも知れないから』
 青木はまた電信局へ走って、逗子にゐるマリ子の父に報らせた。

  海を護るもの

 やっとのことでその日の午後四時頃、田子に行ってゐたマリ子の夫、村上勇が帰ってきた。彼は斯波の家に着くなり座敷の上に飛上って行った。そして、マリ子の両手をを握り〆めて、彼女の頬ぺたに接吻した。さうしてゐる処へ、マリ子の父の西田海軍中将が海軍服を着て這人ってきた。勇は敬々しく畳の上に両手をついて彼に最敬礼をした。すると、西田洵軍中将も今日は非常に叮嚀な挨拶をした。
『もう少し早く来なくちゃならなかったのですが、つい外出して居りまして、遅れて済みませんでした。容態はどうなんですかね?』
 それで斯波は、
『お医者様は少し心配になるといはれるのです』
 とはっきりいうた。皆に挨拶を済ませた後、西田中将は自分の娘の方に向き直って。彼女の右手を両于で握り、
『マリ子! 困ったことになったね。然し、早く治したいね』
 と冷静にいうた。その時、マリ子は非常に呼吸が困難らしかったが、
『水、ください! お水、下さい!』
 と小さい声でいうた。そして、勇がスプーンで水を飲ますと、うまさうに飲んだ後、
『お父さん、許して下さいね』
 と父の手を頬ぺたに持って行って、二つの眼をうるませた。
『泣かぬでもいゝ、泣かぬでもいゝ。あまり心配しないで早く健康を回復して。皆様のために働いてあげなさい』
 さういってゐる時にも、父の中将はもう半分泣いてゐた。斯波勝三は詳かにその日の火事の光景を中将に物語った。それに加へて、山上がマリ子が如何に貧しい漁村のために尽したかをくはしく報告した。
『赤ん坊を救はうと飛込んで行かれなかったなら、こんなことにならなかったんですがね……いや、近頃は怪しい火が度々起るのですか
ら、奥槍も注意はしていらしったんですのに、何というていゝかわかりませんですよ』
 さういうて山上は言葉を結んだ。斯波は西田中将に奥に来て貰ひ、赤木博士が勝三にいうたことを、もう一度繰返した。
『あゝさうですか……さうですか』
 と中将は重々しく頭を上下に振った。娘のマリ子がもう助からぬと聞いた中将は、ハンカチで鼻汁を拭きとって、またマリ子の部屋に帰って来た。そしてマリ子に向き直っていうた。
『マリ子よ、私は今までお前を誤解してゐた。私はお前が、かほどまでに海の日本を心配してゐるとは知らなかったんだ――ゆるしておくれ、私も昔は、海で働いて海の生活があまりに苦しかったので、年をとってから海から逃げよう、逃げようと思ってゐたんだ。それでつい陸上の安逸を貪らうと思って、お前があれだけ海の人と結婚したいといっても、私は賛成が出来なかったんだ。然し、ここに来て見て、お前のしてゐたことがよく解ったよ。お父さんが悪かったんだから、凡てを許しておくれ!』
 さういって西田中将は傍に坐ってゐる村上に向っていうた。
『村上君、あなたに対しても私はお詫びしなければならない。私はあなたが一生懸命になって、日本の漁民の救済に従事していらっしやる実情を少しも知らなかったんです。いや此処に来て初めて知ったんです。で今日はあなた方二人の結婚を承諾いたします』
 さういって、マリ子の父の西川則光は、左手にマリ子の手をとり、右手に勇の手をとって、二人に握手させ、
『私がもう少しあなた達の真意を早く知ってゐたら、もう少し幸福な家庭を作らせるのだったんですか、私の臆病と海を怖れる気持のために、あなた達の正式の結婚を遅らしたことをお許し下さい。私が年が若かったら、あなた達のあとについて、海国日本を護るための運動に専念するのですが、私ももう七十を越えてゐますので、それが出来ないことを残念に思ひます。しかしマリ子……(父はマリ子の方に向き直っていうた)お前が海の日本を救はうとしてゐる精神はわしにはよくわかった。わしもひとつ若返って、村上さんのあ
とについて、命の続く限り大いにやるよ、(老提督はまた村上の方に向き直っていった)今日から私は改めてあなたに弟子入りをして、海国日本を救ふために一生懸命やります。実はこの間、岡本農林大臣に会った時、あなたの話が出ましてね、その時から私はあなたにお詑びに来ようと思ってゐたんです。いやもう、耄碌すると日本が海で囲まれてゐることさへ忘れてしまふやうになるのです。私達は偶々海に関係した職業を選んだものですから、あなた達のやうに
海に使命を感じてゐる人の心理が充分解らなかったのです』
 さう父がいった時に、マリ子はぱっちり両眼を開いた。
『お父様、ありがたう、これで勇さんも安心して沖へ出ることが出来るでせう、お父様、私の唯一つの願は日本が諸外国の真似をして、狭い土地の問題で争ひをせずに、広いく海の方に発展して、海が諸大陸を結び付けてゐるやうに、世界平和の楔(くさび)になって貰ひたいことなのです。然し、そのためには、どうしても日本の漁村を救はなければならないんです……』
 そこまでいうた時に、マリ子の呼吸はもう続かなくなって、彼女は沈黙してしまった。肩先が波打ってゐた。
 然し、不思議に、彼女は元気であった。そして、この勢なら、あるひは治りはしまいかとみんなに思はせた位であった。然し、夜中から四十度近い熱が出て、彼女は非常に苦しみ始めた。勇と斯波とは徹夜して介抱してゐたが、マリ子は熱に浮かされて、海南を呼び続けてゐるのを聞いた勇は涙を絞った。父の中将は一行奥座敷の床の中に入ったが、マリ子のうなされる声を聞いてまた起きてきた。そして、とうとう、日の出るまで皆でマリ子の傍で徹夜した。
 日が出て暫くして、産婆の小泉文子が親切に繃帯を換へに来てくれた。繃帯を換へてみると、下半身は殆ど水膨れになり、繃帯について上皮がつるりと剥けてくるやうな悲惨な状態であった。それで勇は、
『小泉さん、もうこの儘にしておきませう、あまり可哀さうですから』
 さういって、繃帯交換を途中で止してしまった。もうその時、勇は、マリ子が助からないことを覚悟した。
 勇は脈を心配して、マリ子の右手を収上げ、人差指と中指とを動脈にあてて計ってみた。それはあまりに微かで、殆ど消えかゝってゐた。
『さては医者のいった通り、これが最期であるか』
 と彼の胸は少し騒いだ。涙がせき上げて、彼は顔をようあげなかった。それで俯向いた儘、西田中将にいうた。
『お父さん、もう一度医者を呼びませうかね。少し心配になるやうですから』
 マリ子の父も腕を伸ばして脈をとった。そして視線をマリ子の顔に注いだ。マリ子は真青な顔をして、如何にも疲れたやうな表情を示して両限を閉ぢてゐた。
『やはりさう願ひませうね』
 それでまた山上は、自動車に乗って走った。山上と入違ひに表から這入ってきた斯波勝三の妹は、
『兄さん、釣り道具を売ってゐた店のをぢさんが、巡査に縛られて警察へ引張られて行ったよ』
 と、勝三にいひに来た。
『怪しいと思ったが、やはり放火だったんだなア、困ったことだな』
 さういうて、勝三は両腕を組んだ。
 それから五十分位、医者を待ってゐたけれども、医者はなかなか来なかった。マリ子は微かな声でいった。
『聖書を読んで下さい、ヨハネ伝二十一章を読んで下さい』
 勇は静かに聖書を開いて、ヨハネ伝二十一章を一節から読み始めた。
『この後、イエス復(また)テベリヤの海辺にて己を弟子たちに現し給ふ。 その現れ給ひしこと左のごとし。シモン、ペテロ、デドモと称ふるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子ら及びほかの弟子二人もともに居りしに、シモン、ペテロ「われ漁猟にゆく」と言へば、彼ら「われらも共に往かん」と言ひ、皆いでて舟に乗りしが、その夜は何をも得ざりき。夜明の頃イエス岸に立ち給ふに、弟子たち其のイエスなるを知らず。イエス言ひ給ふ「子どもよ、獲物ありしか」彼ら「なし」と答ふ。イエス言ひたまふ「舟の右のかたに網をおろせ、然らば獲物あらん」乃ち網を下し たるに、魚夥多しくして、網を曳き上ぐること能はざりしかば、イエスの愛し給ひし弟子、ペテロに言ふ「主なり」シモン、ペテロ「主なり」と聞きて、裸なりしを上衣をまとひて海に飛いれり。他の弟子たちは陸を離るゝこと遠からず、僅に五十間ばかりなりしかば、魚の入りたる網を小舟にて曳き来り、陸に上りて見れば、炭火ありてその上に肴あり、又パソあり、イエス言ひ給ふ「なんぢらの今とりたる肴を少し持ちきたれ」シモン、ペテロ舟に往きて網を陸に曳き上げしに百五十三尾の大なる魚満ちたり。斯く多かりしが網は裂けざりき』
 勇は、読んでゐるうちに、一言一句が胸にこたへて、涙がつまって続けて読み切ることが出来なかった。十二節まで読んできた時に、マリ子は目を閉ぢた儘、勇にいうた。
『勇さん、キリストは今も食へない漁師のお友達ですから、日本の漁師にこのキリストを紹介して下さい……私は、もう少し永く生きてゐて、テベリヤの湖の漁師のお友達であったキリストを、日本の漁師にも紹介したかったのですけれど……もう私はキリストに召されて坊やの処ヘ一足お先に参ります……』
 さういって、マリ子は閉ぢだ両眼に涙の雫を滲ませた。