2015-02-12から1日間の記事一覧

海豹の8 赤銅色の皮膚

赤銅色の皮膚 実際、勇は、卯之助が好きであった。卯之助は、勇が生れる前から、父の小五郎に使はれるやうになって、もうかれこれ三十五、六年も、村上の分家に使はれてゐた。酒は好きであるが、ほんとにさっぱりした竹を割ったやうな男であった。親分子分の…

海豹の7 陽に向ふもの

陽に向ふもの 父の喪が明けて初めて沖に出た村上勇の魂の奥には、何だか暴風雨に屋根を飛ばされた家のやうに、全く見当のつかない淋しいものがあった。御手洗島を離れて鏡のやうに滑かな瀬戸内を東に走るときでも、父が残した借金を整理することで頭が一杯に…

海豹の6 海の継承者

海の継承者 暴風雨(しけ)の後とて、いつもなら夜の十二時過ぎでも何となく活気のある尾道港が、全く眠ったやうに、波止場の電気燈だけが白く海面に反射して、景気をつけてゐるだけで、海面につき出した浮橋の上には、彼を待ってゐるやうな人影も見えなかっ…

海豹の5 海の犠牲者

海の犠牲者『若旦那、お気の毒ですなア、親分が悪うございましたってなア』 勇が田辺旅館の庭に入るや否や、卯之助は叮嚀にそんな挨拶をした。変な挨拶だとは思ったが、要領を得ないので、帳場の角火鉢に手をつき出して、巻煙草をくゆらせてゐた田辺省吾に勇…