2015-02-14から1日間の記事一覧

海豹の14 桃源の末路

桃源の末路 内海の八月は、天国を思はせる程静かなそして美しいものであった。御手洗の後の山には、蜜柑の木が、緑の葉を輝く太陽にさしのべて祝福を受け、葉の間に隠れたまだ皮の熟しない蜜柑の実は紺碧の海を見下して、微風に酔ひを醒ましてゐるかの如くで…

海豹の13 悲恋悲歌

悲恋悲歌 船に帰ると、万龍は、エンジンから発散するガスに酔うて、ずゐぶん苦しんでゐた。それでまた薬屋へ飛んで行って、仁丹を買うてきたりして少からず手間どった。然し、船が美しい尾道港を出て、高根島の沖を廻る頃になると、彼女は頗る元気づいて、ま…

海豹の12 雄波雌波

雄波雌波『あなた一体何処で生れたの?』 さう尋ねると、彼女は甘ったるい口調で、 『いやゝわ船長さん、こんな稼業してゐる者に、戸籍調べするものぢゃありまへんよ』 さういって彼女は。左腕を彼の肩にかけたまゝ坐り直した。 『船長さん、それよりか、こ…

海豹の11 海の魔女

海の魔女 海に帰ると気が晴々した。今夜は月さへ白く大空に輝いてゐた。実際かつ子さへ承諾してくれさへすれば、あのにくたらしい義母のみつ子と離れて、一生五。六噸級の小さい発動機船で夫婦が暮せれば面白いなアとも考へた。――いや、瀬戸内海にはまだく沢…

海豹の10 夢! 夢! 夢!

夢! 夢! 夢! 勇は、自分に子が生れた場合、ヴィッケル船長のやうに、デッキの上で子供を育てる勇気があるかどうかを考へてみた。そして、その勇気のないことを今更ながら恥入るのであった。こんな処をかつ子に見せてやらなくてはならぬと思った彼は、自宅…