魂に国境はない

 魂には国境はない。釈迦は印度人でもなければ、日本人でもない。彼は魂の世界に属してゐる。キリストだつて然うだ。彼はユダヤに生れたが、ユダヤ人に属しては居ない。地球に属してゐる。否世界に属して居る。ユウクリツド幾何学に国境があるか。電気工学に国土の大小があるか。智識と最高の世界には、国土の広狭も支配者の有無も問題にはならない。
 智識と最高善は共産主義であつて少しも差支ない。霊魂の世界に国境を設けてはならない。日本主義も有難いが、霊魂の世界に征服を主張することは無益なことだ。私は日本人が日本人であることを自覚することを嬉しく思ふ。何も西洋かぶれする必要はない。併し真理に国境を設けて人類愛を皮膚の色に依つて区別することに、私は反対する。霊魂は国土を超越し、皮膚の色を無視する。霊魂はそれ自身世界主義者である。(賀川豊彦『暗中隻語』から)