2014-12-01から1ヶ月間の記事一覧

黎明24 神と永遠への思慕

神と永遠への思慕 ピラミッドの窓 ピラミッドの北に而した斜面に一つの窓がある。その窓は永久に変らぬ北斗星に向って剛いてゐる。つまり、屍になったミイラが、永久に変らぬ北極光を見てゐたいといふ意味から、ミイラの為に特にその窓を開いたのである。人…

黎明23 海を故郷として

海を故郷として 海はすべての動物の故郷である。ハーバード大学の教授カノン博士は、人類をも水棲動物の巾に数へてゐる。人体は要するに八十パーセントまで水である。人間は水を盛った水ぶくろに過ぎず、血管を流れるものは、塩水に近いものである。かう希へ…

黎明23 無人島の王者

無人島の王者『苦心三十年の結晶、癩の予防注射愈々完成の途ヘ!』といふ標題で、過日新聞紙上に報ぜられた、国立癩療養所長光田健輔氏の偉業は、その信念の博大高邁の点に於いて、その研究心の不撓不屈な点に於いて、私か最も敬服するところ、私が世に絶賞…

黎明22 新天文学の方向

新天文学の方向 新しい天文学の立場からケムブリッヂ大学の教授ジーンズ博士は、その著『我等をめぐる宇宙』の中で、宇宙は神によって創造されたといふことを論じてゐる。彼は、凡ての恒星の年齢を研究しても、大体同一時刻から出発してゐると考へる。また恒…

黎明21 支那に於ける太平天国運動

支那に於ける太平天国運動 洪秀全の夢 私は東洋に於けるキリストの使命を考へるにあたって、支那の太平天国運動とキリスト教との関係を少し検べてみたい。 今から約百年前、支那に阿片戦争が起った。支那はわれわれの知る如く、三つの河から成り立ってゐる。…

黎明20 『良人の自白』の感想

『良人の自白』の感想 日本がロシアに勝って後、青年の多くはロシアの思想に傾いた。しかしその頃、日本の土から生えた一種の郷土文学ともいふべきものが、藤村やその他の人々によって試みられた。その頃はまた、小栗風葉や真山青果が女学生情緒を濃厚に描か…

黎明19 『死線を越えて』を書いた動機

『死線を越えて』を書いた動機 H様―― 『死線を越えて』を書いた動機を話せとの御言葉ですが、困ってしまひました。明治四十年の五月だったと思ひます――さうです。もう丁度二十年も前になりますね、私が肺病で明石の病院から三河蒲郡の漁師の離れに移った頃…

黎明18 現代人と信仰

現代人と信仰 神に孕まれたるもの あんまり馴れ易いわれわれの心は、宇宙の驚異に驚かなくなってしまふ。そして宇宙の可能性に対する信仰よりか、決定的の運命観が人を支配する。彼等は貝殼にはひって天が見えないといふ。天がないのではない。天を見ないの…

黎明17 民衆芸術に就いて

民衆芸術に就いて 勿論私は、トルストイの云ふやうに、民衆的のものでなければ芸術でないとは考へてゐません。しかし、ある芸術家のやうに、民衆の解しないものでなければ、芸術でないと考へるやうな、一人よがりの議論も変だと思ひます。 民衆に解るから下…

黎明16 静思断片

静思断片 私は次の世界に移った行先づ神に、自然があまりに不思議に造られてゐること、私がそれを見ていつも驚いたことを報告しようと思ふ。 放浪四年、私は日本の隅から隅まで歩いた。そして人間の住む世界が、自然に比べてあまりに平凡なのに驚いた。 慌て…

黎明15 ジョン・ラスキン

ジョン・ラスキン 世界の魂を動かす力 嘗てラスキン大学を訪れたとき、私はこの貧相な建物のなかから、英国で最も多数の国会議員を送り出したといふ事実を顧みて、転た感慨に堪へないのであった。 名はラスキン大学であるけれども、実は英国労働組合会議で幹…

黎明13 青葉の感化

青葉の感化 四月の花が散って後、花より美しいものは森の青葉であった。青葉が花より美しいといっても、人々は私を信用しないかも知れない。しかし、桜の葉一枚を眺めると、さほど美しいとは思はないが、無花米、青木、八ツ手、欅、櫟、胡桃、桧、竹、枢(や…

黎明12 英雄と唯物史観

英雄と唯物史観 伝記学の出発 米のプラグマチズム哲学の創始者、ウイリアム・ジェームスは、彼の名著『宗教経験の諸相』の中で、性格心理学の基本として、伝記学といふものを主張してゐる。 この見方は、すぐれた卓見であって、人間個性を研究する場合、伝記…

黎明11 深夜の祈祷

深夜の祈祷 深夜、床を抜け出て神に祈る。周囲は暗く、伺ひ知りたまふものは、神のみである。万物は眠ってゐる。鼠さへ物音を立てない。鶏はまだ目醒めず、梟さへ声を立てることを遠慮してゐる。私はわざと灯火をつけないで、真暗闇に跪く。 そこは、天地創…

黎明10 北氷洋の聖雄グレンフェル

北氷洋の聖雄グレンフェル 北海の冒険者 たしか今より四十三年前のことであった。大西洋を小舟で横断しようと準備してゐる年若い一人の医者があった。しかし、大きな汽船で横断するならいざ知らず、二十噸にも足らぬやうな小さい船で、冒険的航海をしようと…

黎明9 村から蒸発する女

村から蒸発する女 徳島県辻町に三好高等女学校といふのがあるが、この女学校の教育の仕方にすっかり感心させられた。この学校の校舎は、前は農学校だったのだが、それをそのまま使用してゐる。生徒は全部寄宿させることにし、附属の学校園で毎日二時間の労働…

黎明8 田園文学に就いて

田園文学に就いて 十八世紀の末、都会の煙突が建ち始めてから都市文学と田園文学の差が著しくなった。特に英国では機械文明に反抗する詩人の一派が現れて、文芸のあらゆる方面に自然派なる一派が出現するに至ったが、この一派は十九世紀後半の自然主義とは違…

黎明7 擂鉢と遊ぶ

摺鉢と遊ぶ 私は四則阿波の田舎で育ちました。昔は庄屋をしたこともある大きな屋敷に幼時を過しました。家業は藍を製造してゐたので、沢山の人がゐて、常に百人分くらいの炊事をしなければなりませんでした。だから摺鉢なども、とても大きなものを使ってゐま…

黎明6 最近の愛読書

最近の愛読書 一 一生はあまり短いので私は詰らない書物を読まないやうにしてゐます。専門の科学に関する外は、有名な書物だけしか読みません。愛読の書物は、宗教的のもの、自然に関するもの、哲学に関するもの、芸術に関するものなどが最も多いのですが、…

黎明5

懺悔僧としての徳富蘆花 一 逝く日が近いと気づいてゐたが、彼の心を静かな森の外側に引き出さないために、私はわざと伊香保まで行かなかった。逝いたことを新聞で知った私は、蘆花氏の気持を思うて泣いたのであった。 蘆花氏は、一生のうちに、何人くらゐの…

黎明4

永遠の春のために 春だ、春だ、若芽の春だ! 木蓮はとっくの昔に咲き、桜も、若芽に先んじて咲き揃うた。地球の自転に伴奏して、大地は奇しき色調のメロディーを奏でる。大空は花曇りにかすみ、雲雀は、春の歓喜を急テンポで歌ひつづけてゐる。春だ。春だ! …

黎明3

東京と大阪 煉製の大阪人と剥製の東京人 暢気な点からいへば、大阪が暢気なやうに思へます。東京はどうも肩が凝って暮しにくい。然し女の美しい点からいへば、大阪はくらべものになりません。大阪は言葉はきたないし、女の顔は煤けてゐるし、人間がまるで燻…

黎明2

黎明を呼び醒ませ 黎明を呼び醒ませ、魂よ。太陽の周囲を一定の軌道に乗って廻っ て来るだけが、新年といふのではない。黎明を呼び醒ませ、魂よ。 昨日の藻抜けの殼の生活より、今日新しき第一歩を踏み出せ。水は ぬるみ、梢の若芽はふくらむとも、おまへの…

黎明を呼び醒ませ1

序 師走のどす黒い夕雲が、日本の空に懸る。これは、自分の煙突から吐き出した煤煙だ。大阪には年八百万貫の煤煙が降る。日本は今その煤煙に中毒してゐるのだ。 師走のどす黒い陰鬱が日本の魂を被うてゐる。真夜中に起きた時、私はこの憂鬱を思うて涙するこ…

颱風は呼吸する36

黙せる羔羊 銃丸(たま)は、駿治の頭上を掠(かす)めて飛去った。 『運の強い奴ぢやなア』 河野はさういひながら、銃丸を取りに事務所の中へ走り込んだ。駿治はその隙を狙へば逃げられたが、もう覚悟してゐたので、不動の姿勢でそこに直立してゐた。 自警…

颱風は呼吸する35

スパイ 便衣隊が次から次につかまった。そして片っ端から銃殺された。 『大将大変です、河野があなたを殺すっっていってゐますよ。早く逃げて下さい!』 血相を変へて裏口からはひってきた、河野の女房が叫んだ。斎藤は、別に慌てもしなかった。遠藤は相変ら…

颱風は呼吸する34

日の丸と阿片 松代を、アメリカ人経営の婦人ホームに収容してもらった駿治は、すぐその足で、気になつてゐた、ヴァイオリニストの遠藤光三の長屋を訪問した。そして、彼の居ることは、遠くからでも、よく聞こえるヴァイオリンの音色でわかった。 光三は、支…

颱風は呼吸する33

窮乏 支那人の阿媽(アマ)は、ボイコットして帰って行ってしまった。河野竹次郎の女房は、妊娠の悪阻(つわり)とかで店には顔を出さなかった。大勢の避難者が止宿してゐるのに、千鶴子は風邪ひきで寝ついてしまった。 そのため。駿治は朝早く起きて、炊事…

颱風は呼吸する32

ビーズ模様 月日は、赦容なく経った。 新公園の桜が散ってあやめが咲き、アンナの病室の窓硝子に、六月の梅雨がビーズ模様を飾り、それも間もなく消え失せて炎熱の夏がきた。 然し、アンナは少しも淋しからないで、修道尼のやうに隠棲(いんせい)を愛した。…

颱風は呼吸する31

狂風怒濤『あなたは、この女を娶り、病める時も、苦しめる時も、あなたの妻として愛しますか?』 米山牧師は、厳粛に、斎藤駿治に尋ねた。今、アンナの病室で、二人の結婚式が挙げられてゐるのだ。アンナは、病床に横たはったまま、その左の手を伸ばした。そ…